第6話 黒い×雨×ᛟ

 シロウがササリスにとびかかった。

 ササリスはそれをものともせず、糸を使った魔法でシロウをいなす。


「なんでって、こいつは悪人だろう? それも、死ななければ償えないほどの大罪人だ」

「だから殺したと⁉ ふざけるな! 生きていれば、もっと別の形の償い方だって――」

「あんたはその手で何を償った」

「――え?」

「愚者の禁門をぶち壊したのはあんたなんだろう? 師匠がいなかったら、どれだけの人が傷ついた? どれだけの人の笑顔を危険にさらした?」

「そ、それは」

「断言してあげるよ。罪の意識の無い人間が過去を清算することは無い。絶対にね」


 お、おお⁉

 すげえ。

 なんかササリスがシリアスやってる!


 俺はいま、初めてお前に感動している!

 やればできるじゃねえか!


「……ッ!」


 シロウが何か言い返そうとして、何も言い返せずに、歯を食いしばった。

 ササリスがわずかに目を細める。


「償い方がわからないなら、せめてもの慈悲、ここで死なせてあげようか?」


 おい待てやめろ。

 せっかく上げた評価を自分で突き落としていくな。


「違う、人の死は、慈悲なんかじゃない」


 シロウは声を絞り出した。

 絞り出さないと形にならないくらい、弱弱しい声だった。


(ん?)


 頬を、ぴとりと雫が打った。


(雨?)


 まさか、あれか⁉

 小説とかでよくある、主人公の心情を天気が表現するっていう、あれなのか⁉

 恐るべし主人公補正、これが、シロウ……!


(いや待て違う! 雨じゃない!)


 空を見上げる。

 暗雲が立ち込めている。


 だから、おかしい。

 この土地は四性質の乾の影響を色濃く受けた乾燥の大地だ。

 雨が降らないとは言わないが、先ほどまでは快晴だったのだ。

 こんな突然、雨雲が育つなんて通常ではありえない!


(この黒い雫、まさかアルバス!)


 くそ、どうして気づかなかった!


「ササリス!」


 文字魔法【変化】を解除して、呼びかける!


「来い!」

「きゃっ、そんな、こんな人がいっぱいいるところで大胆プロポーズ⁉」

「違う!」


 漫才してる場合じゃねえんだよ!


「アルバスが宝を盗み出そうとしてる!」

「あのクソガキふざけんなそれはあたしの財宝だ!」


 お前のものではない。


「シロウ! シロウ、追いかけないと!」

「わかってる、わかってるんだ、けど」


 シロウが膝をついたまま、なかなか立ち上がらない。


(追いつめ過ぎたか?)


 まずいですよ!

 このままだとシリーズ1作目のラスボス戦が主人公抜きで始まってしまう!


 シロウのいないアルバス戦なんて、卵の無い目玉焼きみたいなものだ!


「『困ってる人を助けたいって思いが間違いのはずがない』。シロウ、お前の言葉だ」


 ラーミアが、片膝をついてシロウに語り掛けた。


「償う方法なら、お前はすでに答えを持っているはずだ」


 彼女はそれだけ言うと、目を伏してから立ち上がった。


「先で、待っている」


 かー!

 カッコいいっすわ!

 ラーミア先輩、マジ尊敬っす!

 多くは語らず、しかし心に訴えかける! かー!


(最高だよラーミア、こんなこと言われたら立ち上がるしかねえよなぁ! シロウ!)


 これは勝った!

 やはりラーミアをシロウサイドに置いた俺の采配は間違いではなかった!


 ふはははは!


「師匠、つけられてるけど」

「わかってる」

「処す? 処す?」


 処すな。


「放っておけ。いまはアルバスだ」


 本当はこの文字を使いたくなかった。

 あの日からずっと不使用の制約を立てて、己が胸の内に封印し続けてきたルーン文字だ。

 だけど、そうも言ってられない。


「ササリス、ちょっと目を瞑ってくれる?」

「任せて!」

 ササリスがウインクでサムズアップする。

「両目瞑れって言ってんだよ!」


 言うこと聞かないササリスにチョキパンチ。


「ア゙ァ゙ーッ⁉ いッたい目ガァー⁉」


 よし、いまだ!


オサラ!」


 このルーン魔法は財産、中でも特に世襲財産を意味する文字だ。

 

「そっちか!」

「師匠、待ってよー!」


 うわ! 目つぶししてるのに追いかけてくる!

 怖い!


「ぐへへぇ、捕まえたぁ!」

「お前さっきまでのシリアスどこに置き忘れてきたんだよ」


 もしかして、ササリスがぽんこつなの俺の前だけ説。


 い、いや、そんなまさか。


 ……気づかなかったことにしよう。


「師匠、ここは?」

「遺跡みたいだな」


 オサラが俺たちを導いた先にあったのは、壁に象形文字が描かれた石室だった。

 広くはない。

 10人も詰めよれば息苦しさを感じるほどの空間だ。


 その、正方形状の部屋の中心には、武骨な石碑が立てられていた、みたいだ。

 推測で語る必要があったのは、その石碑が、すでに倒されていたから。


「下に続くみたいだ。行くぞ」

「あ、師匠、その前に一ついい?」

「大事な話ならいいぞ」

「大事大事! めちゃくちゃ大事!」


 嘘つけ。

 どうせ大したこと無いぞ。


「あたしっていま目が見えないわけじゃん?」

「うん」


 それが本当かどうかすら俺は怪しんでるけど。


「階段があると言っても、一段の高さがわからない。つまり介護が必要なわけです」

「ここで待っててもいいけど」

「介護が必要なわけです」

「連れてきておいてなんだけど、やっぱり待機しておいてくれた方が俺もありがたいんだけど」

「介護が必要なわけです」

「うん」


 はいと答えるまで同じセリフを繰り返す系のNPCかな?


「目が見えない人の案内をするときは、二の腕とかを掴ませるのがいいんだって!」

「そうか」


 俺はしないけど。


「えへへー、合法的に抱き着く権利貰っちゃった」

「違法行為に手を染めてる自覚はあったんだな」


 衝撃の事実。

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