第5話 だいたい×ササリスが×悪い

 あれ、あいつなんかデカくなってね?


 町に到着して、思った。


「グオォォォ!」


 巨大化したフェルトンが暴れまわっている。


「きゃあぁぁぁぁっ!」

「化け物だぁぁぁ!」

「逃げろ、逃げろぉぉぉ!」


 民衆が混乱の真っただ中にいる。

 サイズを比較してみればよくわかる。


 フェルトンがさっきよりデカくなってる。

 なに食ったらあんなにデカくなるんだ?


「そこまでだ!」


 うわ、ラーミアだ! 本物だ!

 本当に来てる! すごい! なんで⁉


「グルルルルルリァァァァァォ!」


 フェルトンが大ぶりのパンチを繰り出した。

 まだラーミアの口上の途中だったでしょうが!

 こいつは本当、悪役の風下にも置けねえな。


「ぐぅ……」

「ラーミア! くっ、ケナズ


 シロウが放った炎のルーン文字。

 力強く輝く淡青色の軌跡が、拳を盾に突き立てるフェルトンの腕を食い破る。


「大丈夫か! ラーミア!」

「ああ、助かった。礼を言う」


 シロウはまず第一にラーミアの無事を確認しようとした。

 頭の先から指の先まで目で追って、目立った外傷がないことを確認すると、ほっと胸をなでおろした。

 だから、気づくのが遅れた。


「とにかく、無事でよかっ」

「シロウ! 危ない!」


 ラーミアがシロウを突き飛ばした。


「ぐぅぅぅぅ」


 何が起きたのかを、シロウはそれからようやく確認した。


 腕だ。

 先ほど、爆炎で弾き飛ばしたはずの腕が再生して、再び振り下ろされていたのだ。




「ね⁉ やばくない⁉ あれ!」


 隣でササリスが、ひどく興奮した様子でまくし立てる。


「不死身なの! 切っても切っても生えてくるの!」


 わしゃわしゃーと両手を動かして、ジェスチャー交じりに怪物の再生力をササリスが熱心に語っている。


「しかもね? 再生したところからどんどん大きくなっていくの」

「ん?」

「最初は5メートルくらいだったのに、糸魔法で切れば切るほど大きくなっていって、いまではこんなに」

「おい」


 お前のせいか。


 こんなにデカくなる前に決着をつけろよ。




「ぐぅ」

「ラーミア、腕が!」


 ラーミアがちらりと盾の内側に視線を向けて、指先をぷるぷると震わせる。

 彼女の口角が強張る。


「大丈夫だ、問題無い。それより、里のみんなは?」

「ナ、ナッツが避難誘導してくれてる!」

「そうか。ならシロウ、お前もそっちを手伝ってやれ」


 額に脂汗を浮かべて、けれどラーミアはほほ笑んだ。


「みんなの笑顔を、守るんだろう?」


 シロウは顔をくしゃっとゆがめた。

 泣きそうになる寸前で、涙をぐっとこらえているようにも見えた。


「戦線は私が食い止めよう」


 ラーミアはランスを地面に突き刺した。

 代わりに、盾の持ち方を両手に変える。


「行けッ! シロウ!」

「ッ、嫌だ!」


 シロウはラーミアから視線を外した。

 瞳を閉じて、すぐに目を開く。

 その鋭い視線が見据えているのは、さらに巨大化した、見るに堪えがたい巨大な怪物。


「シロウ――」

「ラーミアだって!」


 何かを言いかけたラーミアの言葉を遮り、シロウが力強く宣言する。


「ラーミアだって、俺が守りたいみんなのひとりなんだ」


 シロウが指先を動かし、縦に一本線を引く。


「ひとり苦しい思いなんて、させねえ! させてたまるか!」

「シロウ……」

「うおぉぉぉ! イサァ!」


 シロウが発動した魔法、それは氷結を意味するルーン魔法。

 化け物となり果てたフェルトンが、足元から凍り付いていく。

 地面に氷でつなぎ留められていく。


 怪物の動きが静かになる。


 ただ、どうやら、別に、凍結のルーン魔法が特段効いたからというわけではないらしい。

 いわばそれは、嵐の前の静けさ。


「そこにいたかァ! クロウゥゥゥ!」

「クロウ⁉ クロウだと⁉」

「シロウ! 後ろに飛べッ!」


 フェルトンが両手の指を絡めて拳を握り、頭上に掲げ、そして振り下ろした。


「くっ」


 衝撃波に巻き込まれたシロウとラーミアが、足の裏で轍を作りながら10メートルほど後ずさる。

 後方へと飛ぶことで衝撃を逃がしたうえで、この威力。


「グオォォォォォ!」


 巨大化したフェルトンが、獣のようなウォークライを上げる。

 理性のほぼ残っていない瞳の先は、ぴたりとシロウを中心にとらえている。


「くそ、どういうことなんだ。どうしてここであいつの名前が!」

「気にするのは後だ! 来るぞ、シロウ!」

「ッ、イサ!」


 シロウが再びフェルトンの足元を凍らせようとする。


「グルァ!」

「なっ⁉」

「筋肉運動で、氷を砕いただと⁉」


 嘘つけ筋肉にそんな機能は無いぞ。


「戦えッ、クロウォォォォ!」

「ッ!」

「シロウ!」


 ラーミアがとっさに割り込んだ。

 両手で構えた盾を掲げ、自らをシロウの盾と成す。


「ぐ」

「うおぉぉぉ!」


 その背後から、シロウもまた盾を押す。

 ラーミアとシロウ。

 二人の力がフェルトンと均衡する。

 じりじりと後退しながらも、致命傷を負う未来を避けている。


「耐え、しのいだ……」

「まだだ、シロウ! 気を抜くな!」

「グルゥオォォォォッ!」


 左拳。

 打ち抜いた拳をひっこめると同時に、反対の拳が振り抜かれる。

 乱打。

 フェルトンは止まらない。

 攻撃の主導権を握り続け、シロウたちに反撃の隙を与えない。


「ファイアボール!」


 シロウたちの背後から声がして、盾を構える二人のそばを二つ三つの火球が追い越していく。


「みんなの避難は終わったよ!」

「ナッツ!」


 ナッツの放ったファイアボールが、怪物の足元に着弾する。

 だが、もはや下級魔法のファイアボールでは怪物と化したフェルトンにダメージは与えられない。

 そしてナッツの狙いも攻撃ではない。


「シロウ! 狙って!」

「ッ! そうか!」


 いま、フェルトンの足元には、シロウが二度放ち、二度砕かれた凍結のルーン魔法の残骸が残っている。

 それを焼き払えば、後に残るのは水。


ᛚᛇリィッ!」


 ラグズは水の意、ユルは方向の転換。


(そうか。水のしみ込んだ砂そのものを操って……)


 フェルトンの足元に現れた螺旋の渦が、アリジゴクのようにフェルトンを地中に呑み込もうと手招きしている。


「グオォォ」


 足場を失ったフェルトンがもがくが、もがくほどに彼の体は地中へと呑み込まれていく。


「まだだ!」


 シロウは間髪入れずに追い打ちへと移った。


(あのルーン文字は!)


 ドワーフの町で俺がアルバスを追い払う時に使ったルーン文字!


ソウェイルゥゥゥッ!」


 極大の光が、怪物の体を貫いていく。


「グォ、グガァァァ」


 苦悶の声を上げるフェルトンの体が、ボロボロと崩れていく。

 再生するよりも早く、やつの体は滅びていく。


「痛い、痛い、助けて」

「その声、まさか、いや、そんなはずはない」


 光を浴びるほどに小さくなっていく怪物の体長が10メートルを切った。

 ただれた皮膚の内側から、ぬるりとやつの顔が現れる。


「助けてくれ……シロウ」

「フェル、トン?」


 あ、そうか。

 シロウたち、フェルトン相手なのにやけに容赦がないなと思ったら、気付いてなかったのか。


 まあいい。


(ここだ! このタイミングだ!)


 ここでアルバスに扮した俺がフェルトンにとどめを刺す!

 アルバスが原作の展開を放り出すというのなら、俺が引き戻してやる! わはははは……。


「え」


 シロウが驚愕する。

 いや、シロウだけではない。

 ナッツも、ラーミアも、居合わせた全員が、言葉を失った。

 俺を含めて、ササリスを除いて。


「死んだみたいだね、ずいぶん手こずらせてくれたもんだよ」


 お前ぇぇぇ!

 なんてことをしてくれるんだッ!


「お、お前、なんで」


 ササリスの指先から伸びた糸には、糸で切断されたフェルトンの首から上がぶら下げられていた。

 ぽたぽたと、切断面から血が滴り落ちている。


「なんでフェルトンを殺したァァァァ!」


 いいぞシロウ! もっと言ってやれッ!

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