第4話 化け物×妖怪変化×メンヘラ
フェルトンの肉体が突沸するように膨れ上がる。
ぼこぼこと音を立てて質量保存の法則を無視していく。
(やっべぇ)
これってまずかったのでは?
フェルトンを無慈悲に切り捨てるアルバスをシロウが目撃していないのって致命的では?
シロウからアルバスを倒す覚悟が一つ消えた。
この状態で二人が戦って、シロウは本当に勝てるだろうか。
何かとても大事なフラグをへし折ってしまった気がする。
(ん?)
ぶくぶくと膨張を続けるフェルトンをよくよく観察すると、どうやら無秩序に膨らんでいるわけではないらしい。
人型だ。
フェルトンの顔をちょうど腹部くらいに浮かび上がらせて、体長5メートルほどの人体構造を模していく。
「グルルルルルリァァァァァォ!」
化け物と化したフェルトンの雄叫びが響く。
過剰に膨張していた筋肉が、濃縮されるように引き締まる。
「くっはは、苦しいか? フェルトン。だけどねぇ、ボクはずっとずっと苦しんだ、君よりはるかにね!」
アルバスが両手を広げて高らかに笑っている。
「でも、こう見えてボクは優しい性格でね、特別にチャンスを上げるよ」
フェルトンは獣のような雄叫びを上げてアルバスへと殴りかかる。
だが、精神体で活動中のアルバスにその拳が届くことはない。
じゃれる愛犬をあしらうように、アルバスは余裕しゃくしゃくとした態度を見せている。
「クロウにできる限り技を使わせろ。内容次第では助けてあげるよ」
フェルトンの動きが、ゆっくりと静止した。
言葉の意味を砕いて飲み込むように喉を鳴らし、おもむろに振り返る。
腹部に埋め込まれたフェルトンの顔がこちらを向いた。
点睛。白目に憎悪の黒が円を描く。
「クロオォォォォ!」
そしてフェルトンはその長い腕を振りかざし――一息に地面へと叩きつけた。
(おお! 生きてる! まだ生きてるよ!)
地面にひびが入る。
フェルトンを中心としてクレーターが生まれる。
岩壁が音を立てて崩れていく。
ふむ。ふむふむ。なるほどなるほど。
完璧に理解した。
(しょーがねえ。原作ぶち壊したアルバスのケツは俺が拭ってやるかぁ)
つまり作戦はこうだ。
まず、この暴走状態のフェルトンを外に連れ出す。
すると運命的にシロウが砂漠の町を訪れているので、偶然にもフェルトンと鉢合わせる。
当然、シロウは町を守るために戦うわけだが、すぐに腹部のフェルトンに気付いてしまう。
倒そうとするも、いざ一撃を加えようとすると体が固まる。
動けなくなる。
そこに、アルバスに【変装】した俺が登場!
原作再現でフェルトンの心臓に抜き手を決めて、シロウに強い決意を抱かせるわけだ。
完璧な作戦だな!
シロウがこの町に到着しているかどうかを除いてな!
「広く使おう、来い」
天に掲げた指先で【突破】を描き、地表へと勢いよく躍り出る。
それを見たフェルトンが足に力を入れて、バッタを想起させる跳躍力で俺を追いかける。
「踊れ」
新たに
フェルトンの頭上へと落ちる、加速する。
肉薄し、文字魔法を発動する。
「【幻惑】」
淡い青色の光がきらめいた。
文字魔法はさく裂した。
「グ、ググ」
交差した俺を一瞥することなく、フェルトンは砂漠の町を目指して歩いていく。
少し駆け足になって、徐々にピッチを上げていく。
「せいぜい追いかけることだ、俺の幻影をな」
頼むぞシロウたち。
この町に来ていてくれよ!
大丈夫、やれる、やれる!
お前たちにはラーミアがいてくれる!
彼女ならきっと俺の理想に応えてくれる!
たとえばこんな感じ。
◇ ◇ ◇
宿敵の次の目的地が砂漠だと突き止めたシロウたちが、道中で見かけた集落へと立ち寄ったときのことだ。
「グルルルルルリァァァァァォ!」
化け物が、現れた。
「きゃぁぁぁぁっ!」
逃げ惑う住民がつまづき、前のめりに転んだ。
その隙を狙いすましたかのように、化け物の拳が振り抜かれる。
「くっ、危ない!」
そこにさっそうと現れたのは、純白の鎧に身を包んだ女騎士!
険しい表情で、後方へと衝撃波が突き抜けるほど強力な一撃を、身を挺して住民を守っている。
「大丈夫か! ラーミア!」
「ああ、戦線は私が食い止める。シロウとナッツはその人を安全な場所に送ってくれ」
「すぐに戻る! それまで持ちこたえてくれ!」
女騎士、ラーミアはまんざらでもない様子で笑った。
(持ちこたえてくれ、か。軽く言ってくれる)
いまの一撃だけで、腕がやられた。
盾とランスを持ち変える。
あと何回、この攻撃をしのげるだろうか。
「いいだろう」
上等だ。
「我が名はラーミア・スケイラビリティ」
シロウは言った。
――もう誰の笑顔も取りこぼさない。
――みんなの笑顔は、俺が守る。
彼ばかりに、そんな重責を背負わせてなるものか。
「推して参る!」
◇ ◇ ◇
よし、これだけ期待を寄せておけば応えてくれること間違いなしだな!
そろそろ追いかけるか。
「【変幻】」
俺自身へと文字魔法を発動させ、姿を変えて周りからの見え方を
(ん? これをやっておけばササリスをまくことなんて造作も無かったのでは?)
気付いちゃった気づいちゃったわーいわい。
なんか、行ける気がする!
全身の圧し掛かるデバフを跳ね返したかのような全能感に満ち溢れている!
おっしゃぁぁ、待ってろよシロウ!
いま行くぞ!
「師匠ぉぉぉぉ!」
町の方から、奇声を上げて駆け寄る影が見えた。
ううう、うろたえるな!
俺だとは気づかれていないはず。
通り過ぎていく。そのはずだ!
「あれはやばい! あたしの糸魔法だと対処できないよ! 助けてぇぇぇ」
あかん、気付かれてる。なんで。
いや、かまかけてるだけだ。
お前の考えはお見通しだ!
「それをどうしてボクに言うのかな?」
「あ、そういうのいいから。あたしはわかってるから、師匠だって」
「……なんで?」
「匂い」
……お前、かなり遠くから俺のことを師匠って呼んで駆け寄ってきたよな?
「匂い」
二回言わんでいい。
怖い。
――ズドォォォン!
「あ」
そうだった。
フェルトンけしかけたままだった。
急がないと!
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