第2話 お×値段以上×ササリス

「何があったんだい」


 とりあえず海神わだつみ様にお願いして砂漠に舞い降りてみる。

 砂漠の民衆から好奇心と畏怖心を8対2で混ぜ合わせたようななんともむずかゆい視線を向けられる。


「実は先日、妙な男がやってまいりまして、我々が代々守護してきたお宝を引き渡すよう要求してきたのです」

「お宝!?」


 ササリスがぴょんと海神様から飛び降りた。

 食いつくなササリス。


「ええ。我々が断りますとその男、あの妙な羽虫を砂漠に解き放ちまして」


 砂漠の民の視線が、一斉に一方向を向く。

 その先には、先ほど俺が消し飛ばしたハエの群れの面影も残らない残骸が、砂漠の風に吹かれている。


「その虫は凶暴で、繁殖力が強く、手に負えず、いやはや本当に助かりました」

「なるほどね、苦労してきたんだね」

「う、うぅっ」


 妙だな、ササリスが親切すぎる。


「そんなあなただけに、特別に! こちらの商品をご紹介! 聖獣フェンリル印の天然雪どけ水! これを祭壇にまつるだけであら不思議。邪悪な魔物が襲撃してきた際に聖なる光が邪なる悪を撃退します!」


 おいこら真っ黒な商売してんじゃねえぞ。

 ただの雪解け水だし、その雪を降らせていたのは聖獣じゃない方のフェンリルスケルトンだっただろ。

 看板に偽りがありすぎるんだよ。


「なんですと⁉ そんな代物が!? ……でも、お高いんでしょう?」

「いいえ! 本来なら送料込みでダイヤ2カラット相当のところを、本日は特別にお値段半額で1カラット! 1カラット!」

「おお⁉」

「だけじゃないんです! 本日はさらにこちらの商品をもう一本特別にお付けして、お値段そのまま1カラット! 1カラット!」

「買います! ぜひ買わせてください!」


 騙されるな。


 もういい。救いようがない。

 行こうぜ海神様、次の町へ。


「あれ? 師匠? どこ行くの?」


 ええい、息をするように糸魔法を飛ばしてくるな!

 そんな「師匠の魔法が無かったらこの商売成り立たないじゃんどうするの?」みたいな顔をするな!

 成り立たないんだよ、その商売はもともと!

 平然と搾取しようとするな!


 と、クロウという男が言ってました。なんてシロウに伝わったら目も当てられない。

 ここはそれっぽい理由をつけて民衆全員言いくるめるか。


「わからないか? この里をあのハエに襲わせた人間は、どうしてこんな暴力的な手段に訴えたと思う」

「脳みそが筋肉で出来ていたから?」

「是が非でもその宝を手に入れたかったからだ」


 そのファーストアクションが対話。

 対話での交渉が破れたため、次点で選ばれたのが暴力による解決。


 だが、それでも手に入らなかった。

 そうすれば自然、敵はさらなる強硬手段を選んでくる。


「その男は次も襲撃を仕掛けてくる。さらに強力な魔物を引き連れてな。その水が次も有効だとは限らない。もし効いたとして、敵はさらに強力な魔物を用意するだろう」


 ササリスが物申したそうにしている。

 あれだろ?

 もうちょっとで話がまとまりそうなくらいいい感じに進んでたのに、取引意欲を削ぐようなこと言わないでって感じだろ。


「し、しかしですな。その聖水の力を、魔物が越えてくるとは限らないのでは?」


 砂漠の代表が言った。

 ササリスの表情がパッと明るくなった。

 もっと言ってやれって思ってるのが丸わかりである。


「そうだな。それで、貴様らはいつまでそうやって過ごすつもりだ? 敵対する男が寿命でくたばるまでか? そいつはまあ」


 俺は目をすっと細めた。

 こういうのは意味深にやることが大事なのだ。

 相手に深読みさせられれば、その時点で俺の勝利なのだ。


「ずいぶんと、悠長なことだな」


 ここだ、海神様!

 いまこそ飛翔の時!


「うわあぁ?」

「羽ばたきひとつでこの砂塵……なんという力!」


 以心伝心!

 よくぞ俺の心を読み取ってくれた!

 俺たち最高のパートナーになれると思うよ。


「よーし、レッツゴー」

「待て、ササリス、いつの間に乗った?」

「え? 海神様が飛び立ってから、こう、降りる前に背びれにくっつけておいた糸を引っ張って」


 くそ、抜け目ない。

 あわよくばササリスをこの里に置き去りにしようと思ったのに。

 物事うまくはいかねえな。


(ん? いやちょっと待てよ?)


 あるな、この状況からでもササリスを切り離せて、かつ外道みあふれる対応。


「いいかササリス、よく聞け」


 幸い、海神様はかなりの高度を飛行している。

 砂漠の民衆に聞かれることは無いだろう。


「俺はこの後、里を襲った男を探し出す」

「うんうん」


 食い気味にササリスが頷く。

 そんな「師匠の考えなら全部わかってるよ」みたいな感じで同意されてもな。

 俺からすれば怖いですとしか言いようがない。


「そして襲撃犯になり替わる」

「え⁉」


 ササリスが驚いてくれた。

 よかった、俺の思考を完全にトレースされるのはまだまだ先らしい。

 ササリスの中での俺という人物像が解像度を上げたような気がしなくも無いが、ここでは気にしないことにしよう。


「俺は先の忠告を実現するように、この里に対して魔物をけしかける。さっきのハエより強力な魔物をな」

「で、でも、それだとあの水に効果がないって気づかれて……ん?」


 ササリスが何かに気付いた。


「待って。そうしたら次は、さらに強い効果で魔物を撃退する聖遺物だと言って適当なガラクタを売りつければ」

「里の防衛のためだ。里の人間は無理をしてでも買うだろう」

「その後で師匠がさらに強い魔物をけしかけたら?」

「さらに強力な道具を必要とせざるを得ないだろうな」


 そう。つまりこれが俺の作戦。

 俺が脅威を作り出し、ササリスがそれに対抗する道具を売りつける。

 名付けて、死の武器商人作戦だ。


「うっわ、師匠、引く。本当に人間?」


 にっこにこしながら言うな腐れ外道。


 俺には俺なりの考えがあんだよ。 


(俺の読みが正しければ、数日前にこの里を訪れたのはアルバスの手先、おそらくフェルトン)


 とすれば、そのお宝こそがアルバス封印のカギを握る代物。


(まあ、直接いまから盗み出してもいいわけだが)


 どうせなら、シロウが合流した時に「お前だったのか、すべてを裏で操っていたのは!」って展開したいじゃん?


「わかったら降りろ」

「はーい」

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