太古盛衰 後編

第1話 砂漠×蠅×穢

 帰り道に冒険者試験会場を下見してくると、やっぱり異変が起きていた。

 まるで山火事が起きたかのように、密林が荒れ地と化していた。


 あの地域には強い「湿」の性質が宿っている。

 ちょっとやそっとの火種では火が燃え移ることはない。

 それこそ、原作においてナッツがファイアボールを使ったところで森林火災は起きない。


 誰かが意図して密林を焼き払おうとでもしない限り。


「つまり、アルバスの封印も残すところひとつ」


 四性質で言うところの乾。

 つまり、遠く東の地にある大砂漠。


「決戦の日は近――」

「師匠、何してるの」


 お前さぁ。

 いま俺が最終章のプロローグをかっこよく演出していたところじゃん。

 最後まで言い切らせろよ。

 もしくは俺が「つまり、アルバスの封印も残すところひとつ」って言い始める前に声かけろよ。


「はぁ」

「なんでため息?」

「自分の胸に聞いてみろ」

「愛してる」

「聞いてねえんだよそんなこと」


 相手してられねえ。


「【海神わだつみ】、【招来】」


 天に向かって文字魔法を放つ。

 メスを入れるように空間に裂け目が出来て、そこからは白銀の鱗のような羽毛に身を包んだ、巨大な翼竜が現れる。


 砂漠を渡るときは鳥。

 これは昔から決まっている様式美。


「あ、師匠またどこか行くの? ちょっと待ってね、あたしも準備するから」

「GO! 海神様」

「準備できたよー! レッツゴー!」


 準備速いなおい。

 あらかじめ準備しておいたレベルだろそれ。


 海神様の首にまたがると、ぐぐっと海神様は身をかがめた。

 地面が凹むほど強く後ろ足で地を掴み、両翼を広げて飛翔の構えを取っている。


 そして、羽ばたいた。


 ぐん、と体にGが掛かった。

 海神様がくわえた推進力の分だけ、体は慣性に従って後方へと強く引っ張られる。


「きゃぁっ」

「しがみつくな、どさくさに紛れて」

「えー⁉ 聞こえなーい!」


 ササリスがぎゅっと力を籠める。

 貧相。


 あ、痛い、痛いです、ササリスさん。

 ごめんなさい。何も考えてないです。


「【風除】」

「聞こえない!」

「ササリス、いつもありがとうな」

「えへへー、大したことしてないよ」

「聞こえてるじゃねえか」

「はっ⁉」


 そしてお前は往々にして大ポカやらかしてくれてんだよ。

 最低限そこだけは自覚を持ってくれ。頼む。


「ん?」


 ぴとりとくっついてはがれないしつこい油汚れみたいなササリスをどうにかはがせないか試していると、前方に、広大な砂漠がゆっくりと顔をのぞかせた。


「うわ、師匠、なにあれ。グロテスクなんだけど」


 砂漠を上から見て見ると、東に向かって、魔物の死骸が点々と繋がっているのがわかる。

 その多くは死肉を漁られ、残っているのは白骨だけだが、中には腐肉がついたままの死体も転がっている。

 ハエのような見た目の何ともわからない生物が、死肉にたかっている死体もある。


 問題は、そのハエの大きさだ。

 縮尺がおかしい。


 海神様にまたがる俺たちはかなりの高度から砂漠を見下ろしているのに、それでもデカいと思える。


「気持ち悪いぃ」


 って言いながら、糸を伸ばしたササリスがクソデカハエ虫の首をちょんぱして回っている。

 いや、お前。

 ササリスがそれでいいなら別にいいけど、はたから見る分にはその行為も相当気持ち悪いからな?


 ――ブブブブブ。


 ん?

 なんか、嫌な音がするぞ?


 ――ブブブブブ。


 背後を振り返る。

 そこに、そいつらはいた。

 空一面を黒い点描画で塗りつぶすかの如く、群れを成して飛翔していた。


「うわぁぁぁぁっ⁉ なにこれキッショっ⁉」


 ハエだ。

 地上で死肉を貪っていたハエの群れが、後方からものすごい勢いで追いかけてきている。


「キモイキモイキモイ」


 ササリスが斬鋼線を飛ばしてハエの群れを追い払おうとしているが、焼け石に水だ。

 切っても切っても次が来る。

 いや、それどころか、これは。


「うわぁ……死んだ同族を食べてる」

「だけじゃないみたいだぞ」

「え?」


 ササリスが撃ち落としたハエにたかっているハエの一匹を指し示す。

 すると、みるみるうちにそいつの腹が膨れ上がっていく。


 そして、産卵が始まった。

 口から。


「キモイ!」


 ササリスが割とガチなほうでしがみついてきた。

 はた目にわかる彼女の肌の粟立ちようが、余裕の無さを如実に表している。


(やるな、このハエ)


 ササリスを戦慄させるとは、なかなか見どころがある。

 現状こいつに対抗できる唯一の手段なのではないだろうか。


「ま、高く評価することと――」


 海神にアイコンタクト。

 それだけでこちらの意図を汲み取ってくれた海神は素早く急旋回して、ハエの群れと向かい合ってくれる。


 そんな彼らにとっておきのプレゼント。


「見逃してやるかどうかは、別の話だけどな」


 文字魔法【滅亡】の淡い光の軌跡が、瞬く間に強く輝きを放つ。


 すべてを焼き払うような光の筋が幾条にも広がって、ハエの群れを一網打尽に焼き尽くしていく。

 毒々しい紫色の蒸気が天へと棚引いて、灰すら残さずに彼らを殺し尽くしていく。


「きたねえ花火だ」

「きゃぁぁっ、師匠、素敵っ!」


 抱き着くな。

 ほら、みんな見てるだろ。


 ……うん?

 みんな?


「うおぉぉぉぉ! 助かったぞぉぉぉ⁉」

「誰だあのお方は⁉」

「皆のもの、宴だ! 宴の準備を急げ!」

「彼らこそが救世主様に違いない! 総出を上げて歓待に尽力せよ!」


 おいこらササリス!

 まーたシナリオブレイクしやがったな⁉

 俺の計画をどうしてくれる!

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