幕間

幕間×手がかり×四性質

「父さん!」


 シロウが飛び起きたのは、ドワーフたちが住む里にある宿屋の一室だった。

 飛び起きると、全身にきしむような痛みが走った。

 硬い場所で寝ていたからだろうか。

 いいや、そうではない。


「シロウ? 目が覚めたのね!」


 そばには幼馴染のナッツがいてくれた。

 彼女の顔を見ていると、なんだか無性に、安堵とか、焦燥とか、言葉にできない衝動に駆られた。


「聞いてくれナッツ! いたんだ! 父さんが! この町に!」

「え?」

「見たんだよ! 崩落した古戦場で!」

「落ち着いてシロウ。それ、本当なの?」


 シロウはツバが飛び出るほどの勢いでまくし立てた。


 古戦場で待ち構えていた敵は強大で、まるで歯が立たなかったこと。

 足場を崩壊させられて、地下へと真っ逆さまの状況だったこと。

 万策尽きて、命運も尽きそうになったこと。

 そしてそのとき、見たことも無いような光を放つルーン魔法が頭上に輝いたこと。


「あんなルーン魔法を操れるのは父さんしかいない! ナッツ、ナッツは何か見ていないのか⁉」


 ナッツは申し訳なさそうに首を横に振った。


「ううん。ごめんね。古戦場についたら気を失ってて、目が覚めたときには全部が終わっていたの」

「そう、か」


 シロウはがくりとうなだれて、「いたた」ときしむ体に悲鳴を上げた。


「ねえ、シロウ」

「ん?」

「その助けてくれたのって、本当にお父さんだったの? もう一人いるよね、ルーン魔法の使い手は」


 シロウの口が尖る。


「クロウ? まさか。あいつが俺を助ける理由なんてないだろ」

「そう、だね。そうだよね。あはは」


 ナッツはにへらと笑って見せたが、顔色が曇っているのは払いきれなかった。

 どこか思いつめた表情をしている。少しだが。

 だけどそれは、幼馴染のシロウにすれば強烈な違和感を覚えるのに十分すぎる異変だった。


 シロウがじっとナッツの目を見る。

 ナッツは最初見つめ返したが、すぐにバツが悪くなって目線を反らした。


「あの、ね? シロウ。わたし、思い出したんだ。前に話したよね。冒険者試験会場で、恐ろしい魔物に襲われる夢を見たっていう話」

「あ、ああ。だけど変だろ? 魔物に襲われたなら、なんであんなとこで寝てたんだよ。魔物はどこに行ったんだよ」


 きっかけは、クロウのフードが焼け落ちて、彼の素顔を見た時だ。

 その時、【忘却】で封印されていた記憶がフラッシュバックするようによみがえった。


「シロウは夢だって言ってたけど、夢じゃなかったんだよ、多分。あの時、わたしを助けてくれたのは――」


 最後の最後に、葛藤と対峙しなければいけなかった。

 シロウには受け入れがたい話だろう。

 この話をするべきではないのではないだろうか。


(ううん! シロウならきちんと、耳を傾けてくれるはず!)


 もとより、ナッツ一人で抱え込むには荷が重い。

 一番頼りになる幼馴染に聞いてほしい。


「助けてくれたのは、クロウ、だったんだよ。たぶん」

「……え?」

「雪国でもそうだったの。シロウによく似た誰かの顔がちらついて、だけどどうしても思い出せなくて、だけど今日、確信したの」


 あの日、ナッツを助けたのはクロウだ。


「本当、なのか?」


 ナッツは神妙な顔つきのまま、小さくうなずいた。

 シロウは難しい顔をしている。


「そういった大事な話は人に聞かれないところでするものだぞ」


 やれやれとあきれた様子で、シロウの客室に一人の女性がやってきた。

 鎧を外したクルセイダーの女性だ。


「ラーミア! もう大丈夫なのか?」

「問題無い。傷の深さで言えばシロウよりよっぽど軽傷だよ」

「そっか、よかった」


 心底ほっとした様子で緊張の糸がほぐれていくシロウの様子が、ラーミアにはほほえましく見えた。


「さて。ナッツの話が、正しい記憶なのか、混濁した記憶なのか、我々には判断のしようがない。最悪の場合、植え付けられた記憶という可能性も拭いきれない」

「そうか、そんな可能性まであるのか」

「それより、今後の方針を決めよう。どうする?」


 シロウの胸の中で、何か熱いものが揺れる。

 正義感だろうか。

 違う、そんな高尚なものではない。


 この戦いから逃げるわけにはいかない。

 ただ、そんな思いだけが力強く雄叫びを上げ続けている。


「アルバスの復活は止める、絶対に」

「でも、どうやって?」


 どうやって、と聞かれると困る。


「何か手掛かりがあればいいのだが」


 ラーミアが顎に手を当てて考える。


「手がかりか。そういえば、あいつの魔法、ちょっとおかしかったんだ」

「おかしい?」

「ああ。普通、魔法って一人につき3種類までだろ? 得意な属性が一つと、隣り合わない二つの属性」


 シロウが確認すれば、二人は頷いた。


「だけどあいつは、四つの属性を操っていた。それも、とてつもなく高度な魔法だ」


 何の手掛かりにもならないか、と自虐的に笑おうとして、シロウは気づいた。

 ラーミアが、いままで見たことが無いほど険しい表情をしている。


「四性質」

「え?」

「古い伝承だ。太古に滅びた文明は、地水火風の四つの属性を操ったと言われる。エーテルと呼ばれる第五元素に、熱や冷、湿や乾といった性質を付与する方法でな」


 たとえば熱と乾なら火、冷と湿なら水といったように。


「熱や冷、湿や乾か……なにか思いつきそうなんだけど」


 なんだったか。


「あー!」


 ナッツが叫んだ。


「クロウやフェルトンがいた場所だよ! 冒険者試験会場の性質は湿、前に行った雪国が冷!」

「そうか! そしてこのドワーフの地は熱! アルバスは四つの性質が最も色濃く現れる地点を狙っていたのだ!」

「てことは、残る性質は、乾だね! わたし知ってるよ! ここからずっと東に行くと、水がほとんどない砂だらけの大地、砂漠があるんだって!」


 次の目的地は決まった。


「行こう!」

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