第12話 ᛁ×ᚨ×ᛇ×ᛋ

 古来、アンサズは神秘的な儀式や呪文、教義の表現、賢者や詩人による創作活動などで使用されてきた。


 その文字が意味するものは、神聖な言葉。


「ありえないッ、操っているのか⁉ ボクの魔法を!」


 アルバスの放った魔法は、シロウの呼びかけに応え、彼に味方した。

 結果としてアルバスは魔法の制御権を失った。


「ふざけるな! それができるなら、どうしていままでそうしなかった!」


 そうしなかった、ではない。

 できなかったんだよ、いまのいままでな。


 ああ、そうだ。アルバス、言い忘れていたけど、


 ――その主人公、戦いの中で進化するぜ?




  ◇  ◇  ◇


 古戦場をササリスとともに、遥か高みから風に吹かれて見下ろしている。


「へぇ、すごいことしてるね。師匠、あれできる?」


 アルバスは初見だろうが、俺はこの魔法を、過去に一度目撃している。


 親父殿とアルカナス・アビスで対峙した時の話だ。

 俺は【滅】の文字魔法の制御権を奪われた。

 あのとき親父が発動していたのが、何を隠そうこのルーン魔法だ。


「フッ、少しは楽しめそうだ」


  ◇  ◇  ◇




 的なやりとりができたら理想なんだけどなぁ、ササリスには期待するだけ無駄骨だなぁ。


「はぁ、なんだか白けちゃったな」


 アルバスがぶつくさ悪態をついている。

 明らかに戦意を失っていた。


「逃げるのか?」


 シロウが問いかける。


「そうだねぇ、勝てない戦いではないけれど、君はもう絶望してくれなさそうだし、これ以上妙な力に覚醒されてもクロウが喜ぶだけだし」


 アルバスは口を一文字に結んだあと、深く長いため息をついた。


「もういいや」


 それからつま先で、地面を軽く小突いた。


「幕引きだ、落ちろ・・・


 そして、地面が、消失した。


「は?」


 シロウが訳がわからないという表情をしている。


「惜しかったね、いい線いってたと思うよ、クロウが君に目をかける理由もわかる」


 地殻に向かって崩落を始める古戦場。

 重力に従って加速していく世界の中でもがくシロウと、余裕の笑みを浮かべるアルバス。


「だけど、すでに効果が切れた魔法までは制御できなかったみたいだねぇ?」


 すでに地面の崩壊は始まっている。

 シロウのアンサズではどうしようもない。

 手遅れだ。


「ぐっ、イサ


 落下に逆らうために、シロウが停止のルーン文字を発動した。

 対象はシロウ自身。

 確かに、自由落下による運動エネルギーを少しずつキャンセルしていけば、どれだけの高度から墜落しても大ダメージを受けることはない。

 だが、それは悪手だ。


「あはははは! いいのかそんな無謀なことをして! 格好の狙いの的だぞ!」


 停止のルーン文字はその場に彼を固定する。

 宙に静止するシロウを、アルバスは小さな火球で蜂の巣にする。


「くっ」


 重力に逆らわず、落下を受け入れることで、火球の群れはシロウの頭上を通り越していく。


「直前でルーンを解除して直撃は避けたか。思ったよりいい反応だけど」

「なっ⁉ 追尾式⁉」


 シロウを通り越したはずの火球が、彼をしつこく追い回す。


 頭上から追いかける火球から逃れるためには、重力による加速を維持しなければならない。

 だが、十分に速度が付いた状態で地面に墜落すれば、シロウは即死する。


 そして、さらに悪いことに、自由落下には終端速度というものが存在する。

 どこまでも加速し続けられるわけではない。

 落下速度には限界が存在する。


「ぐっ」


 重力だけで位置エネルギーを運動エネルギーに変換するシロウに対し、火球はアルバスにより鉛直下向きに力を加えられている。

 必然、距離はじりじりと詰まっていく。


アンサズッ!」


 だからとっさに、シロウは頭上に向かってルーン魔法を放った。

 先ほどアルバスの魔法を奪った魔法だ。


「無駄だよ」

「なっ⁉」


 シロウのアンサズは通用しなかった。


「極大魔法の制御とはわけが違う。この程度の火球の制御なら、君は奪えない」


 魔法の制御難度は、魔法の規模で異なる。

 ルーン魔法の制御が、文字数に比例して難しくなるのと同じだ。


 巨大の炎であれば、シロウが制御権を奪う隙もあった。

 だが実際には、目の前に展開されているのは小さな火球。


 それを、アルバスが集中して制御しているのだ。

 弱体化していても初代ラスボス。

 発現したての魔法で太刀打ちできる技ではない。


「ボクの勝ちだ」

「チクショオォォォォォ!」




ユル


 しかし火球はシロウを避けるように八方へ散り、岩壁に衝突して爆ぜた。


「は?」


 間抜けな声を発するアルバス。

 直後勢いよく頭上を振り返った彼の深紅の瞳と俺の目が合った。


ソウェイル


 教えてやるよアルバス。

 この文字が意味するところは闇を振り払う光。


「くたばれアルバス」

「また、貴様かぁ! クロウゥゥゥ!」


 太陽にも似た山吹色の光が、アルバスの分身体が焼け焦げていく。

 黒く焼かれたところから、彼の体が塵となって霧散していく。


「くそ、クソォ! クロウ、覚えておけよ! ボクは必ず完全復活を遂げる! その日が君の命日だ!」


 なあアルバス、こんな言葉を知っているか?


「せいぜい後悔するんだな! ボクの封印を一段階弱めたことを!」


 弱い犬ほどよく吠える、ってな。


(さて、悪霊を退散させたところで、あとはシロウだな)


 もっとも、ソウェイルのルーン魔法が発動した時点で半分は解決したも同然なのだが。

 この文字には抱えている問題が解決に向かうという意味が含まれている。


 しいてソウェイルの不安をあげるなら、ササリスに使っても特に効果が無かったところだが、シロウを救出する程度は造作もない。はず。


 不安になってきた。ユルを使って重力に反発する方向に力を加えて落下速度にブレーキかけておこう。


 あ。


(もう、地面、すぐそこ!)


 ま、間に合えーーーーっ!


 ――ズドォォォン。


 やっべぇ、大丈夫か?

 無事だよな、シロウ、頼む、返事をしてくれ!


「うっ、ぐ」


 シロウ!? 無事か⁉


「お、父さん……?」


 誰がお父さんか!


 シロウ!? シロウ、しっかりしろ!


 意識をしっかり保つんだ!

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