第10話 機転×一転×大逆転
ふざけたササリスはおいておくとして、どうしようこの、ナッツをうっかり助けてしまった状況。
ふん、と無関心を装いながら彼女を解放し、何も言わずに去るのが正解だろうか。
いやそれどう見てもいいやつ。
(考えろ、考えるんだ!)
ここから一転、評価を再びカオス側に振り戻す逆転の一手を探求しろ!
その先に、望む未来はきっとあるはずなのだから!
シロウが絶望的な実力差を見せつけられても立ち上がってきているのに、俺がこんなところで妥協してたまるか!
落ち着け、思考を逆転させろ。
喫緊の問題は、悪いやつだと思ってたのに意外といいやつかもしれないとシロウたちに思われていることだ。
それなら、俺の取るべき行動は明白じゃないか。
「フゥーハハハ! 助ける? 俺が? 勘違いもここまで来るとおめでたいことだな!」
「なにっ⁉」
いいやつかもしれないと思ったのに、やっぱり悪いやつだったと考え直させる。
それが俺にできる最適解だ!
「きゃぁぁっ、シロウ!」
「ナッツ!」
ナッツを抱えたまま、俺は戦線から離脱した。
引き離されていく物理的距離に、ナッツがシロウへと助けを求める。
シロウが鬼の形相で手を伸ばしているが、身体強化を使っている俺には遠く及ばない。
「待て! ナッツを、ナッツをどうするつもりだ!」
「くっはは、怒れ怒れ。俺を殺す気でかかってこい。『ルーン魔法は人を助けるためのもの』なんて腑抜けたことをいつまでほざけるか見届けてやる」
どうよ、この展開!
(ナッツを助けたと見せかけて、実は人質に取るのが目的でした作戦! しかもルーン魔法への向き合い方がシロウと真逆とわかる親切対応!)
まさしく対極キャラの鑑じゃないか!
「クロウ!」
「西の古い戦場に来い、シロウ。貴様にルーン魔法の正しい使い方を教えてやろう」
ナッツが危機に陥れば、シロウは限界すら超えて強くなる。
なにがなんでもナッツを助け出す。
(おそらく、シロウとアルバスの実力は、少しだけアルバスに軍配が上がる程度。だが、ナッツを助けるという意志の分だけ、シロウが強い!)
アルバスは犠牲となるのだ。
シロウ成長のための、犠牲とな。
たとえばこんな感じ。
◇ ◇ ◇
幼馴染をさらわれたシロウは、ナッツを取り返すべく、ドワーフの町西部に位置する古戦場へとやってきていた。
そこに待ち構えていたのはしかし、宿敵クロウではなく、太古の邪悪な亡霊、アルバスだった。
「ぐぁっ」
倒れ伏すシロウを背中から、アルバスが踏みつける。
「人を守りたい? そんな他人依存の精神で、ボクや彼のような、己のために力を求める者の領域に到達できるとでも思っているのかい?」
シロウが、口の中が血の味でいっぱいになるほど力強く奥歯同士をかみ合わせる。
(そんなに、悪いことなのかよ、ルーン魔法の力を、みんなを守るために使いたいって思うことは)
自分は、間違っていたのだろうか。
「つまらないな、もう少し本気になってもらおうか」
嫌な、予感がした。
「待、て、何を、するつもりだ」
「あっはは、彼女は君の大切な人なんだろ? それを失えばもう言えなくなると思うんだ。『人を助けるための力』なんて戯れ言さ」
少し離れた場所、大きな石の台座に手足を縛られた状態のナッツ。
彼女に向けて、アルバスが手のひらをかざす。
「待て、やめろ」
助けなければ、でも、どうやって。
人を助けたい。
誰かを守るのに、その思いはあまりにも非力だ。
願うばかりでは、叶うことなんて無い。
――殺す気で来い。
網膜に焼き刻まれた、己の分身のような男が言う。
「う、おぉぉぉぉ!」
「なに? なんだ、この力は!」
違う!
「俺は、自分の信念を曲げない。ルーン魔法で、誰もが笑って暮らせる世界を掴み取るんだ」
体の奥から力が溢れてくる。
「
助けるんだ、必ず。
「ナッツは返してもらうぞ、アルバスゥッ!」
◇ ◇ ◇
かー、シロウくんがまた強くなっちまうっすわ。
アルバスくんごときけちょんけちょんですわ。
つれーわ、赤ちゃんの頃から確保していたリードがじりじりと詰められて、つれーわぁ。
と、いうことで。
「きゃぁ」
西の古戦場についたので、大きな石の台座にナッツを放り、【拘束】の文字魔法で手足を縛る。
「そう睨むな、お前はシロウをおびき寄せるための餌だ、丁重に扱うさ」
「……本当に、それだけ?」
他になにが?
「なんでも、ない」
ナッツがしゅんとしてしまった。
自分のせいでシロウが危険に巻き込まれた、とか考えてるのかな。
優しいなぁ、ナッツは。
「【昏睡】」
いまは眠っていてくれ。
目が覚めたときにはシロウが助けに来てくれているはずだから。
さて、次は妖刀ネフィリムだ。
シロウが合流する前に、アルバスくんを用意しておかないと。
「【浄化】」
妖刀ネフィリムから、黒い瘴気があふれ出す。
怨嗟の籠ったそのもやは、妖刀ネフィリムに切られ、同族殺しを強いられた者たちの怨念だ。
これが刀に取りついていたことで、いざという時に持ち主の体が動かなくなるというデメリットが存在し、呪われた武器と言われていたわけだ。
「やあ、本当に約束を守ってくれたんだね」
浄化が終わるとすぐそこに、気配が突然現れた。
白い髪に、赤いハイライト。
旅人の様で、貴族の様でもある黒と金を基調にした軽装をした不遜な男。
アルバスがそこにいた。
「だけどさ、ボクが約束を守るとでも思ったかい?」
そう言ってアルバスが魔法を発動した。
大地を断割する、地属性の中でも高等の魔法だ。
だからその魔法の発動をネフィリムで切り裂き、はじき返した。
「焦るなよアルバス、お前の相手なら用意している」
と、ちょうど俺の背後から、人が駆け足でやってくる足音が聞こえた。
「ほら、ちょうど到着したみたいだぞ」
カッコいいポイントを遵守するため、俺は振り返らずに言った。
「ふぅん、彼女がどうしたって?」
え、彼女?
なに? ラーミアのこと?
あー、まあ見た目はラーミアの方が武装が整ってるもんな。
シロウよりラーミアがパーティリーダーに見えても仕方ないか。
いややっぱりシロウの底力を見抜けないアルバスの目が節穴だな。
「師匠! あたしを置いていくなぁぁぁ!」
お前かよ!
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