第9話 暴風×暴風×ハプニング

「師匠、見てみて! お金になりそうなお宝たくさん見つけたぁ!」


 げぇっ、ササリス。


 戦闘中やけにおとなしいと思っていたら、こいつ火事場泥棒してやがった。


 返してきなさい、っていつもなら言うんだけどなぁ。

 それをこの場で言うと急に情けなくなる。


 うーん、どうにかこの場を収めつつ、ダークヒーローっぽさを失わないセリフは無いだろうか。


「待て」

「あん?」


 宝を持ち帰ろうとするササリスの前に立ち上がったのはこの男、シロウ!


「置いていけよ、それは、お前のものじゃない」


 おおおお!

 さすがシロウだ!


(体はボロボロ、実力の差を見せつけられて心もつらい状況! そんな中でも、折れず、立ち向かう! お前が主人公だ!)


 ひゅーひゅー、かっけえ!


「うるさい、ちょっと寝てな」

「ぐあッ!」


 うわぁぁぁぁ⁉

 ササリスの糸の一撃で沈められたッ!

 お前、何てことしてくれたんだ!


(これだと俺よりササリスの方が強いみたいな構図が出来上がっちまうじゃねえか!)


 まずいですよ!


 もうササリスが火事場泥棒してることなんて些末な問題だ!

 どうにかして対極キャラの威厳を保たないと!


 ……まだ立てるよな、シロウ。

 俺は、お前を信じる!


「白けてきたな、行くぞササリス」

「はーい」


 立て、立てよシロウ!

 俺はお前のすごさを知っている!

 世界を三度救った英雄は、こんなところで倒れたまま終わる凡夫ではない!


「ま、待て」


 キ、タァァァァァァ!


「まだ、終わっちゃいねぇぞ!」


 さすがシロウだ! なんともないぜ!

 全身から血が流れてて、足元すらおぼついていないのに、それでも立ち上がる雄姿!

 不屈の闘志を宿した眼光!


 いやぁ、いいものを見れた。


「いいや。これで終わりだ」


 俺は妖刀ネフィリムを納刀し、両手の自由を確保した。


 いいものを見せてもらった礼だ。

 俺の実力の一端を見せてやろう。


「っ、その文字はッ!」


 シロウは漢字を知らない。

 だが、ルーン文字でも、この世界で一般的に使われている文字ではないことは判断できる。

 それだけわかれば、俺独自の文字だと類推ができる。

 そして、その威力をシロウは知っている。


「やめろぉぉぉぉ!」


 右手で描いた文字は【暴風】、左手で書いた文字も【暴風】。

 それらが発動する直前、妖刀ネフィリムで一刀両断にする。


 白刃のネフィリムが、暴風の文字魔法を引き裂き、その概念を支配する。


(刮目せよッ! この場における最強を!)


 吹き荒れろ!


「【暴風】・ダブル」


 刀身を真っ黒に染めた妖刀ネフィリムが、暴風の文字魔法を同時に開放する。


 通常、両手で発動する文字魔法が並列つなぎだと表現するなら、妖刀ネフィリムによる同時発動は直列つなぎ。

 威力が決定的に異なる!


「チクショウ! 止まれ、止まれよぉぉぉ!」


 シロウが停止のルーン文字を乱れ撃ちしているが、悲しきかな。

 解き放たれた暴風の文字魔法はその程度の威力では相殺しきれない。


 ……あ!?

 しまった、あのセリフを言うタイミングはここしかない!


「無駄だ、俺の文字魔法はルーン魔法を凌駕する」


 やったぁぁぁ!

 生後1歳に満たないころから使いたかったセリフ!

 まさかこんなタイミングで言える時が来るなんて!


「シ、ロウ」

「ラーミア! 気が付いたのか⁉」

「ああ、すまない、心配をかけた、だが、もう大丈夫だ」


 土くれを巻き上げて荒れる暴風の内側で、ラーミアがランスを杖代わりにして立ち上がる。


「シロウ、ナッツ、この暴風を止めるぞ」

「どうやって、シロウのルーン魔法でも無理だったんだよ?」

「魔法そのものを止められないなら、解決策は一つだ」


 地面に突き刺していたランスを引き抜き、穂先を俺の眉間に向けてピタリと静止させた。


「この男を止める」

「なっ⁉ 本気か⁉」

「無論だ」


 制止させたランスを、ゆっくりと下ろし、そして、手放した。


「ラーミア⁉」


 シロウの驚愕をよそに、ラーミアは歩き出す。


 武器も持たずにどうするつもりなのだろうと思っていると、彼女は俺との間合い5メートルほどで足を止めた。

 そしてその場で片膝をつき、頭を垂れた。


「暴風を、止めてほしい」

「なぜ?」

「いまこの瞬間にも、被害を受けている人たちがいる。彼らを見捨てるなんて、私にはできない」

「誠意を見せれば俺が応えるとでも?」

「ああ」


 ラーミアは断言した。


 いったい何を根拠に。


「妖刀の力で操られているとき、気づいた。お前はあのとき、私にナッツを殺させることもできた」

「……」


 いや、ほら、あれはあれじゃん。

 シロウがギリギリのところで覚醒して、なんとか救出が間に合ったわけじゃん。

 俺が何かしたとか、そういうわけじゃないだろ。


「頭か心臓か、致命傷を狙うならどちらかだ。だが貴様はあの時、私にナッツの肩口を狙わせていた」


 ……え?

 マジで?


「本当は、誰も傷つけたくない、優しい男だ。私は、そう信じている」

「やめろ」

「どうしてこんなことをしているのか、私にはわからん。言いたくないのなら、あえて詰問もするまい。だが」


 上から目線性善説を語りながら、ラーミアは再び頭を下げた。


「頼む、この暴風を、止めてくれ」


 う、うーん、すごく止めづらい。

 これ、ここで止めたら「やっぱりいい奴⁉」みたいな感じになっちゃうじゃん。

 それは違う。

 俺の求めるダークヒーロー像とかけ離れている。


(どうしたものかなぁ)


 なんて、考えていると、ラーミアのさらに後方から悲鳴が上がった。


「きゃぁぁっ!」

「しまった、ナッツ!」


 どうしてそうなったのかはわからないが、結論から言えば、ナッツが宙を舞っていた。

 吹き荒れる暴風に呑み込まれるように、不規則に速度を変化させながら、台風の目からはじき出されようとしている。


(マズい!)


 暴風の中は、石の破片などが高速度で舞い散る危険域だ。

 そんなとこに呑み込まれたらどんな障害が残るかわからない!


(シロウがどれだけ絶望的な状況でも立ち上がれるのは、究極的に言えばナッツが支えてくれるからだ!)


 ナッツはシロウの精神的支柱なのだ!


(こんなところで戦線離脱させてたまるかぁぁぁ!)


 俺の考えた最強のシロウ爆誕計画を成功させるためにッ!




「何が、起こったんだ」


 シロウが呆然と立ち尽くしている。

 風の吹かない、静寂の中、彼の声だけが空しく響いている。


「た、助けてくれた、の?」


 ナッツが、困惑気味につぶやいた。

 俺の腕の中で。


(やっべぇぇぇぇ⁉ どうしよう⁉ ナッツが危ないと思ったら、反射的に!)


 やったこととしては極めて単純。

 吹き荒れる暴風を停止のルーン文字、イサで鎮め、身体強化でナッツに駆け寄り、空中でキャッチして着地しただけである。


 引き起こされた結果は、散々である。


(どうすんだよ、俺のダークヒーロー像!)


 計画がめちゃくちゃだよ!


「師匠師匠!」


 今度は何!


「きゃあぁぁぁっ」


 ササリスが突然、宙に舞いあがった。

 いましがたのナッツの動きを再現するかのように。


 糸魔法でワイヤーアクションするな!

 助けに行かないからな!

 欲しがるな!

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