第8話 暴かれる×ダークヒーローの×素顔

 妖刀ネフィリムを目の高さで水平に構える。

 精神を統一し、意識を持っていかれないように気を高める。


「い、いかんッ! すぐにそこのクルセイダーを拘束しろッ!」


 ドワーフが叫ぶが、理由もわからずに従うほどシロウは短絡的ではない。

 そんなことしたくない、どうして拘束なんてしないといけないんだと強い語調で反論する。


 その間に、俺が構える妖刀ネフィリムは鍔元から切っ先にかけて変色していく。

 汚れ無き白銀の色から、光さえ逃げられないような闇色へ、瞬く間に姿を変えていく。


 やがて闇は完全に広がった。

 刀身すべてが、光を返さない純黒色に染まりあがる。


「妖刀ネフィリムのもう一つの力はなぁ! 切り裂いた概念を支配し、操る力なんだ!」

「なんだって⁉ じゃあ、ラーミアは!」


 シロウの問いかけにドワーフが苛立った様子で答えた。

 こんな問答をしている時間すら惜しいと言わんばかりの強い口調だった。


「人の心配をしている場合か、シロウ」


 まさか忘れているわけではないと思うが、最初にネフィリムの犠牲となったのはシロウだ。

 傷は浅いが、妖刀ネフィリムの切っ先は間違いなくシロウの背中を斬り裂いた。

 つまり、彼も、支配可能な対象だ。


「がっ、体が、動かねえ」


 ふむ、浅い傷だったし、金縛りがせいぜいか。


「貴様はそこで見ていろ」

「待、て、クロウ!」

「さあ目覚めろ、そして破壊の限りを尽くせ、ネフィリムの新たな眷属よ!」

「やめろぉぉぉ!」


 苦悶に顔をゆがめていたラーミアの瞳が、怪しく光った。

 瞬間、彼女の様子が変貌した。


「きゃぁ!」

「ナッツ!」


 痛みに堪える彼女を支えていたナッツを、力で無理やり引きはがした。

 尻もちをついて、ナッツが困惑する。


「ラ、ラーミア! やめて、わたしだよ、わからないの⁉」


 ラーミアは答えなかった。

 少なくとも、言葉では。

 かわりに一筋のしずくが、涙となって頬を駆けていく。


 だが、見た目にわかる心情の揺れ動きとは裏腹に、彼女はゆっくりとランスを引く。

 その穂先がナッツを捉え、動き出す時をいまかいまかと手ぐすね引いて待っている。


 そして、いま、槍が勢いよく放たれようとしている。


「やめろぉぉぉぉぉぉ!」


 シロウが叫ぶ!


(いまだ! シロウに対して発動していたネフィリムによる拘束を解除!)


 よし行けシロウ!

 そして乱心のラーミアから幼馴染を守ってこい!


「はっ⁉ 体が動く!」

「なんだと……ネフィリムの支配から、気力で逃れた?」

「くっ、間に合えッ! ――イサッ!」


 シロウの描いた縦棒が真一文字に虚空を走る。

 淡い青の光は一筋の魔法となって、ラーミアへと迫る。


「うおぉぉぉぉ!」


 果たして、結果は、


(あ、あぶねえ。あと数センチで槍突き刺さってたじゃん)


 ギリギリ狙いすぎたな、でも結果オーライ。


(かー、やっぱカッコいいっすわ、仲間のピンチに力が覚醒して、間一髪のところで助けるシーン!)


 決まったな、俺の演出が!


「クロウ」


 自らは拘束から解かれ、暴走する仲間は拘束し終えたシロウが俺と向かい合う。


「俺は、絶対にお前を許さねえ!」


 大気が鳴動している。

 シロウの気迫に呼応して、かすかに、だが力強い威圧を周囲に放っている。


「うおぉぉぉ!」


 シロウの指先が淡く光る。

 虚空に描かれるのは短い折れ線。

 くの字型に曲がった炎を意味するルーン文字、ケナズ

 勢いよく燃え盛る爆炎が、周囲を巻き込んで俺へと肉薄する。


(勢いはある。だが、ネフィリムの性質を忘れた魔法攻撃)


 妖刀ネフィリムは概念を断つ刀。

 魔法が発動したという事象を断ち切れば、その魔法はいとも簡単に消滅する。


(ん?)


 ケナズの炎は斬り裂いた。

 因果の理から切り離された火炎は、少しずつその勢いを失っていっている。

 だが、


(炎の裏に、もうひとつ別の火球⁉ まさか)


 消滅しようとする炎とは別に、俺へと迫る火の玉。

 シロウのケナズではない。

 とすればこの魔法の行使者は彼女しかいない。


(ナッツのファイヤーボール!)


 おそらく、シロウのケナズに合わせて魔法を放っていたのだろう。


(シロウが広範囲高威力のケナズを使ったのは、ナッツを俺から隠すためか!)


 思考は追いついた。

 シロウたちの思惑は看破した。


 だが、ケナズを切り裂いた俺の両腕は下を向いている。


 急いで切り返し、ファイヤーボールを叩き切ろうと試みる。

 だが、刀は俺の意志に反して動かなかった。


(くそ、ここに来て歯向かうか、妖刀ネフィリム!)


 妖刀ネフィリムが呪われた刀と言われるゆえんは、このように自らの意志で持ち主に歯向かうことがある自我ゆえだ。


 ナッツのファイヤーボールが、俺の頭部へと肉薄する。

 だからとっさに、上体を傾けて炎をよけた。

 直撃は免れたが、炎の一部が俺のフードを燃やしていく。


 このままだと頭皮が焼け野原。

 それはごめんなので、フードを払い捨てる。


「……え?」


 ナッツが細い声をこぼした。


 それもそのはず。


「シ、ロウ……?」


 彼女にとっては、よく見知った顔なのだから。


「ううん、違う、シロウじゃない!」


 褐色の肌、白い髪。

 シルエットだけはそっくりで、しかし行動理念が対極に位置するキャラクター。


「くぅ……っ」

「ナッツ⁉ どうした!」

「頭が、痛い、割れるみたいに」


 ナッツが頭を抱え込んでいる。

 思い当たる節はある。


 冒険者試験会場で彼女に施した文字魔法【忘却】が、俺の素顔を視認したことで切れかかっているのだろう。


 だがそれは、その情報を持っている俺だから思い至る話。


 シロウがその推論にたどり着くことはない。


「お前、いったい何者なんだ」


 俺か? そうだな。

 お前と相反する思想と信念をもってお前の覚悟の強さを問いかける、通りすがりのダークヒーローだ。

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