第7話 妖刀×ネフィリム×刀傷

 くそ、俺の計画をどうしてくれる。


(せっかくシロウとドワーフが険悪なムードに割り込んで共通の敵を演じつつ、シロウのかっこいいところを見せてドワーフに「この人に託してみよう」と思わせる作戦が台無しじゃないか!)


 それもこれも、だいたいササリスのせいだ。

 いつのまに忍び込んで、しかも盗んできてるんだよ、おかしいだろ。


(まあいい、こうなったらプランBだ。奪い去ろうとする俺と、引き留めようとするシロウ。この構図でドワーフにはシロウを信頼できる男と認識してもらおう)


 ということで、ゆっくり近づいていきましょうね。

 シロウたちの緊張感がにじみ出した空気を踏み荒らしていくのが快感だ。


「妖刀ネフィリム、確かに受け取った」

「待て!」


 ラーミアが一息に間合いを詰めて、ランスの穂先を俺に向けて突き出した。

 俺は刀の鞘でそれを払い、彼女とにらみ合う。


「貴様、その刀をどうするつもりだ」

「お前が知る必要は無い」


 ああ、やっぱりラーミアはいいよね。

 序盤中盤終盤、こちらの想定通りの動きをしてくれる。

 ササリスとは安定感が違うのだよ。


「私はッ、貴様が本当はいい奴なんじゃないかと思った!」


 ああ、あれね。

 俺がアルバス復活を阻止するために泥をかぶっているって新説。


「勝手に勘違いしただけだろう?」

「くっ、貴様ぁぁぁぁ!」


 ラーミアが激情に身を任せるように槍を引いた。

 濃密な敵意を抱いて、ランスを突き出そうとしている。


 だから、読みやすい。


「なっ、穂先を、鞘の先で押さえつけて……⁉」


 ラーミアの刺突の初動に合わせて鞘を突き付ける。

 彼女が加える力と同じ強さで穂先を押せば、彼女はこれ以上ランスを突き出せない。

 ならばと退けば、退いた分だけ俺がにじり寄る。

 彼女にはなすすべもなく、じりじりと後退する以外に道はない。


「感情は時に力となる。だが同時に動きが単調となり、読みやすい」

「ぐっ」

「力の使い方を教えてやろう。妖刀ネフィリムの試し切りを兼ねて、な」


 鯉口を切り、ゆっくりと刀身を抜き出していく。


「うおぉぉぉ! スリサズ!」


 だが抜刀し終える前に妨害が入った。

 シロウの雷魔法だ。


(速い!)


 それに、威力も上がっている。


 眩い閃光が、視覚から世界を奪っていく。


「やったぁ!」


 ナッツが歓声を上げた。


「どこを見ている」

「え」


 父親直伝ルーン魔法、その一、イサ

 時の流れを凍結させる魔法のいいところは、縦棒一本で完成するその形だ。

 至極、発動しやすい。


(属性空の魔法、意外に使いどころあるな)


 今回だってそうだ。

 身体強化していない頃なら回避が間に合わなかったかもしれない。

 それくらいシロウは実力をつけていた。

 冒険者試験会場で見たときとは別人と思うくらい、鋭い一撃だった。


(反応に要する時間と、指先の動く速度。わずかな差ではあるけれど、文字を書き終えるまでの時間が短くなっている)


 だから間に合った。

 シロウのスリサズが到着する前に、俺のイサが発動した。


 その間にシロウの背後へと回り込んでいた俺は、ゆっくりと妖刀ネフィリムを鞘から抜き放っていく。

 怪しい光が、白銀の刀身を照らしている。


 行くぞシロウ!


「ぐあぁぁぁっ」

「シロウ!」


 妖刀ネフィリムの切っ先が、シロウの背中をわずかに切り裂いた。


「だ、大丈夫。かすっただけ、だ」

「かすっただけ⁉ そんな顔色じゃないよ!」

「ほん、とうに、大丈夫、だから、ほら、傷口だってこんなに小さい、ん、だぜ?」


 シロウがネフィリムに切り裂かれたはずの背中をナッツに向ける。

 だから、ナッツは顔色が真っ青になった。


 強がるシロウの傷が想像を絶するほど深かったからではない。


 そこに、無かったからだ。

 あるべきはずの深手が、無かった。


「シ、シロウ! やっぱりおかしいよ! どこも斬られてない!」


 そんなはずないと言いたげに、シロウが眉をひそめた。注意力が散漫だぜ。


「隙だらけだ」


 妖刀ネフィリムの切っ先が、今度はシロウの心臓目掛けて最短距離を突き進む。

 最速の一刀、刺突。


「シロウ! 危ないッ!」


 だが、ネフィリムがシロウを串刺しにする前に、剣の直線上からシロウの姿が消えた。

 代わりに現れたのはクルセイダーのラーミア。

 純白の騎士鎧に身を包んだ彼女がシロウを突き飛ばし、身代わりになることを選択していた。


「ぐ、はっ」

「ラーミア!」


 そして、ネフィリムはラーミアを貫いた。

 水に剣を突き立てるように、鎧を過信した彼女をあざ笑うように、あっけなく。


 苦悶の声をあげて、ネフィリムから逃れるように退くラーミアに、ナッツとシロウが緊迫した面持ちで駆け寄った。


「ラーミア、いま傷の手当てを……え?」


 回復魔法を唱えるべく手のひらに魔力を集めていたナッツから、魔法にならなかった魔力が霧散していく。


「傷口が、無い」


 確かにネフィリムはラーミアを貫いた。

 しかし、肝心の傷口はどこにも見当たらない。


「クロウッ! ラーミアに何をした!」

「何をした? 奇異なことを。お前がそこのクルセイダーに庇われただけだ」


 もちろん、シロウが聞きたいのはそんなことではないとわかって答えている。

 彼が本当に知りたいのはきっと、妖刀ネフィリムに秘められた呪いの効果。


「ああ、なんということを、オヤジの話は、本当だったのか」


 ドワーフの男が顔をくしゃっと歪めた。


「知っているんですか⁉」

「当然だ、なにせあの刀は、オレのご先祖様が鍛えた刀だ」

「教えてください! あの刀は、いったい!?」


 真っ直ぐな瞳で見つめるシロウと、バツが悪そうに顔をそらすドワーフの男。


(はよ話せや)


 待ってやってもいいけど、シロウがそろそろ「こいつ全然攻撃してこないな」って疑問に思い始めるだろうが。

 おら、仕掛けるぞ、仕掛けちまうぞ、仕掛けちまうからな。


「のんきにおしゃべりしている場合か?」

「くっ、俺の後ろに!」


 シロウが縦に棒を一本引いて、ルーン魔法を発動させた。

 その魔法がネフィリムにぶつかり、刀が空中で完全に制止する。


(おっ、イサの文字じゃん。もう習得していたのか)


 時間そのものを停止させる俺や親父殿と比べればまだまだ未熟だけどな。


「無駄だ」


 妖刀ネフィリムはイサのルーン魔法すら食い破り、再び動き出した。

 その間にシロウはドワーフの男を連れて間合いの外へ後退していたが、停止のルーン魔法では攻略の糸口にならないことはわかっただろう。


「あの刀は、妖刀ネフィリムは」


 ドワーフの男が、重々しい口調で語り出す。


「二つの力が込められた呪いの刀だ。いま、やつが繰り出して見せたのは、二つの力の内一つ目――物体ではなく、概念を斬り裂く力」


 シロウやラーミアは精神を、停止の魔法は効果そのものを斬り裂かれたわけだ。


 いま、ドワーフが告げたのは妖刀ネフィリムの力の半分だけだ。

 もう半分をいまお見せしよう。

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