第3話 属性空×実践訓練×妨害

 ドワーフの町で思いがけずシロウと鉢合わせてしまったのはハプニングだったが、これではっきりした。

 フェルトンはこの町に来ている。

 シロウが行く先では事件が起こるのだ。

 来ていないわけがない。


(ちょうどいい。ヒアモリから教えてもらった属性空の知覚強化を試してみるか)


  ウィルドモードが解けてから、彼女に対し【伝授】の文字魔法を使った。

 めちゃくちゃわかりやすく教えてもらえた。

 それを実践で試すいい機会かもしれない。


(まず、魔力を引き出す)


 ここまではヒアモリの一回目の説明と同じ。

 変わってくるのはここから。


(次に体細胞の活性化だ)


 属性空の魔法は全身に魔力を行きわたらせ、身体能力を通常以上に発揮する魔法だ。

 しかし、細胞の8割は魔力に対して非活性だ。

 属性空で魔力を行きわたらせてもその恩恵を受け取ってくれない状態と言い換えてもいい。


 だから、まず、魔力に反応する状態へと遷移させる必要がある。


(まあこんなものか。次はわかりやすい。魔力回路を活性化させる)


 俺は初めて魔力を回路に流した時、炎が糸を燃やしていく感覚で魔核から指先へと移動させたが、それと同じだ。

 全身の骨を燃やし尽くすイメージで、引き出した魔力を体中に染み渡らせる。


(その過程で細胞を一気に魔力に反応させる!)


 ここで大事なのは、連鎖反応のイメージだ。

 というのも細胞が魔力に反応した瞬間が一番大きくエネルギーを放出するので、その間に隣り合う細胞にも反応させるのが最も効率がいいのだ。


(よし! まだ不格好だけど、出力は前よりうんと上がってる!)


 たとえば壁の向こうにいる人の気配や、隣を歩くササリスの重心移動なんかが感じ取れる。

 極めればヒアモリのように、濃霧の中から一方的に精密遠距離射撃を成立させることも可能なのだろう。


「あ、師匠見て、あの人」


 俺たちがいまいるのはドワーフの町の中でもすり鉢状になった区画だ。

 中心に向かってくぼんでいく傾斜に対し、らせん状の通路が伸びていて、壁に穴をあける形で住居が並んでいる。


 そして、俺たちのちょうど一つ下の回廊を、ドワーフ以外の男が歩いていた。

 金髪をオールバックにした色素の薄い肌。

 フェルトンだ。


「あの人だよね、アルバスの手先やってる人」


 うん、そう、だね。

 よく見つけてくれたね、ありがとうササリス。


 でもな、ひとつ言わせてほしい。


(ここは俺が属性空の魔法でフェルトン見つける流れだったでしょうが)


 しれっと出番をつぶしていくんじゃないよ。

 ラーミアを見習え?

 あいつだったらきっとこんな反応してくれるぞ?


  ◇  ◇  ◇


 クロウが属性空の魔法を発動させた。

 彼の存在感が、急激に増していく。


「見つけた」


 彼はひとことつぶやいた。

 ともすれば風に消え入りそうな、無感情で事務的な声だ。


「なん、だと? まさか、もうフェルトンを見つけたというのか⁉」

「そうだ」

「そんな、ありえない! 文字魔法を使ったとは思えなかった! いったいどうやって――」


 ラーミアが驚愕で目をこれでもかと丸くして、ゆっくりと息を呑み込んだ。


「使って、いないのか? ただの、属性空の魔法で、探し当てたというのか」


 化け物を見るように平静を失うラーミアに、クロウは不敵に笑うことで答えた。


  ◇  ◇  ◇


 あー、こういうリアクション取ってくれる仲間がよかったなぁ。

 俺、またなにかやっちゃいましたか? をできる相手がよかったなぁ。


(なんで俺は「こいつ、また何かやらかすんじゃないか」って思い続ける異世界転生してんだ?)


 そういうのって普通現地人の役割じゃないの?

 歪んでいます、おかしい、何かが。


「あ、師匠! フェルトンが物陰に隠れちゃう!」

「よしまかせろ!」

「うわ、急に元気」


 属性空の身体強化は発動したからな!

 いまさら物陰に隠れたところでもう遅い!


 フェルトンの属性は風。

 隣り合う属性空の魔法は使えない!


 あいつからは知覚できない位置から、一方的に探りを入れてやる!


「師匠! いいこと思いついた! ドッペルスライムにこの町のドワーフの姿をまねさせて、こっそりフェルトンの後を追わせてるの! それから情報をあたしたちに横流しさせる。ね? いい考えでしょ?」

「……」


 うん、そうだね。

 ササリスの言うことはもっともだと思うよ。

 でもね?


(いまのは! 俺が属性空の魔法を使ってフェルトンの追跡を華麗に成功させるシーンなの!)


 ほら、あれだよ……あれ!


「いや、この暑さだ。スライムたちはすぐに蒸発してしまう可能性がある。騒ぎになれば、俺たちがいるとアルバスたちに悟られる可能性がある。そうなると、わかりにくい形で工作を行われる可能性がある」

「めちゃくちゃ饒舌に可能性の話するね」


 うるせえ!

 とにかく追跡するんだよ!

 俺の属性空の魔法の練習台にするんだよ!


「あ、待ってよ師匠!」


 この区画はすり鉢状になっているので、上から下へは路地を通って行かずとも、斜面を滑り下りて行ける。

 そういう感じで、フェルトンの痕跡を辿っていく。


 しかし、すぐに困った。

 突然行き止まりに迷い込んでしまったのだ。


(ん? フェルトンの気配はこの下へと移動していってるのに、それらしき通路が無いぞ?)


 いったいどこから。


(さては隠し通路だな? よし、今度も属性空の魔法で周囲への観察力を強化して――)


「あー! ねえねえ! 見て見て師匠! ポスターの裏にスイッチが! 押してみるね! えい!」


 ガコンと音がして、行き止まりだったはずの場所に空間が生まれた。

 家一軒が横方向にスライドして、地下へと続く階段が目の前に現れる。


「イエーイ! あたしすごーい!」


 うん、そうだね。


(だーかーらー! それは属性空の魔法で見つけるやつ!)


 かー、わかってないわ、こいつホンマに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る