第2話 ドワーフ×岩山×白黒

 アルバスの目的を阻止するべく、ドワーフの町にやってきた。

 岩山を削ってできたこの街の外観は茶色い岩がゴロゴロしたようにできていて、火砕流で溶けた岩肌が水無川のように街中に凹凸を作っている。


「おうおう、フード被ったにいちゃん、ここをどこだと心得る! 勇敢な鍛冶師の集うドワーフの町だぞ!」


 岩のように筋肉質で、しかし背丈は大きくない門番が立ちはだかる。


「軟弱者にこの地に踏み入る資格はねえ! どうしても入りたけりゃ、おいらを倒してからにしな!」

「うるさいねえ」

「がっ⁉」


 仁王立ちしていた門番が、しかし急に両手を上げた。お手上げのポーズを示した。

 ササリスの糸魔法だ。

 目に見えないほど細く、しかし刃物でも切れないほど強じんな糸が、門番ドワーフをつるし上げている。


「んじゃ、通らせてもらうね」

「ま、待て卑怯者! おいらはまだ負けてねえ、ぞ」


 言い切る前には、彼の顔に、鼻っ柱から耳にかけて、細い線傷が入っていた。

 ササリスの糸は鋼だろうと切り裂ける。

 ドワーフがいくら筋肉自慢の種族でも、ササリスの糸の前では紙同然。


「わ、わかった! おいらの負けだ! 入っていいから、下ろしてほしいのだ!」

「ふん」


 糸魔法から解放されて、ドワーフはホッと息をついた。顔色は蒼白で、どこかぐったりしていた。


「ついた。ここが、ドワーフたちの町だね。ああ、これはヒアモリちゃんも留守番するっていうわけだよ」


 暑い、いや熱い。わかっていたことだが。

 体中から汗が噴き出してくる。


(ヒアモリは雪国出身だからな。この日射はきついところがあるだろう)


 街中、いたるところから鉄を打つ音が聞こえてくる。

 岩山を削ってできた道は細いのに、鉱石を乗せたトロッコが平然と横を通り過ぎていく。


 さて、アルバスくんはどこかなと、町を散策しようとしたときだ。


「お、お前!」


 すぐ真後ろから、聞き覚えのある声がした。

 というか俺そっくりの声が聞こえた。


「クロウ! お前、雪国で愚者の禁門に何をした!」


 シロウだった。


 なんでや!

 アルバス出せや!


 くそう、計画通りに事が運んでくれない。

 ため息の一つ二つ三つ四つもつきたくなる中、首から上を振り返り、シロウに視線を送る。

 シロウは決死の覚悟を決めた表情で臨戦態勢を取っていた。

 ナッツとラーミアも同じくだ。


 つまり、ここで俺の取るべきダークヒーロームーブは? そう、無関心。

 視線を戻し、立ち去ろうと一歩踏み出す。


「待て!」


 おお、シロウが、俺を呼び止めてる!

 すごい! 因縁の相手っぽい!


 ふむ。

 アルバスより先にシロウと鉢合わせたのは誤算だったけど、ちょうどいい。

 シロウには雪国での真実を知ることで、アルバスとどう向き合うか考えるフェイズに入ってもらおう。


「何かをしでかしたのは、お前だろう、シロウ」

「え」


 鳩が豆鉄砲を食ったようにシロウが間の抜けた顔をさらす。


「なんだその面は。気づいていないのか? お前が犯した罪の重さに。鈍感も極めれば幸せ者だな」

「ち、違う! 俺はただ、お前が愚者の禁門に何をしていたのかを知りたかっただけだ!」

「そして壊した。太古の邪悪、アルバスを封印する楔をな。甘言にそそのかされて吹かせる英雄風はさぞ気持ちがよかったか?」


 俺はシロウをたしなめた。


 シロウにとっては受け入れがたい話だろう。


(予告しよう、シロウ。お前の次のセリフは『そんなのでたらめだ! 誰がお前の言葉なんて信じるものか!』だ!)


「そんなので――」


 ほら来たぁ!


「そうか、そういうことだったのか」


 と思ったらシロウのセリフカットされたぁ!

 またお前かササリス!

 え、違う?


「ラーミア、なにがわかったの?」


 シロウの幼馴染のナッツが、隣にいる騎士然とした女性のラーミアに小首をかしげて問いかけた。

 つまり言葉を遮ったのはラーミアということになる。

 ごめんササリス、疑って悪かった。

 でも日頃の行いのせいだと思うんだ。


「私が感じ取った、フェルトンの邪な念。勘違いだと自分に言い聞かせてきたが、フェルトンの話が全て作り話だったとすればつじつまが合う」

「で、でも! フェルトンさんはこの人に命を狙われてたんだよ?」

「だからこそなんだ」


 ナッツが「え?」と声をもらす。

 ラーミアは悔いるように奥歯を噛みしめ、まぶたを重々しく伏せた。


「フェルトンの邪悪な行動を知ったうえでの懲罰だと考えれば、私とシロウを見逃したこの男の行動にも説明がついてしまう」


 ラーミアは肩を震わせて、つぶやいた。


「私は、必死になって、悪人を庇っていたのか」


 待ってラーミア!

 クロウが実はいいやつ? みたいな展開にもっていかないで!


 よく考えろ!

 フェルトンは確かに救いようのないドブの下水煮込みみたいなクソ野郎だ。

 でもだからと言って、お前が守らないでいい理由にはならないだろ!


「ラーミア!」


 シロウがいつのまにか彼女の前に立っていて、顔を突き合わせてた。


「たとえフェルトンさんが悪い人だったとしても、人が人を殺していいはずがない! 困ってる人を助けたいって思いが間違いのはずがない!」


 おお! いいぞシロウ!

 さすが原作主人公だ!

 もっと言ってやれ!


「フェルトンさんが悪事を働こうとするなら、俺たちで引き留めよう。俺たちが悪事に手を貸してしまったなら、その罪は俺たちで償おう」

「シロウ……」


 彼の言葉に、ラーミアが大きく目を開く。

 拳を強く握り締め、ぎゅっと固めた。


 よ、よし! 計画通り! 本当だぞ!

 これでシロウたちとは敵対関係を維持したまま、シロウとアルバスを敵対に向けさせられる!


 これ以上いてややこしくなる前にそそくさと退散させてもらいますね。


「待て! クロウ!」


 呼び止めるな!

 こっちはササリス爆弾抱えてんだよ!

 これ以上長居するとシリアスが崩壊しちゃうでしょうが!


「クロウ、どんな理由があったとしても、お前がフェルトンさんを傷つけたのを俺は許せない。だから、お前の言葉も信用できない」


 まあ、いいんじゃないか?

 人を疑うことを知らないよりも、何度も裏切られて、もうだまされないぞといつも心に決めるのに、繰り返し人を信じてしまう。

 そんな人間の方が英雄っぽい。

 お前に似合ってると思うよ、シロウ。


「信じる信じないに関わらず、真実は貴様の眼前に現れる。せいぜい、己が犯した罪に怯えて過ごすんだな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る