太古盛衰 前編

第1話 アルバス×目論見×看破

 妙だ。


 私室のデスクに、文字魔法で描いた地図を広げて、アルバス復活の布石と思われる事件を整理していると、その感覚はますます強まっていった。


(アルバス復活の手順が、原作とは異なる?)


 地平線が見えるほどの原野に、海上にできた水の都、世界一大きな噴火口に、天に最も近い神殿。

 それらを瘴気の荒野に変え、海に毒を流して死へ導き、火山を永眠させ、天に最も近い神殿を破壊することでアルバスの封印は解かれた。


 だが、実際に、フェルトンの工作が確認できたのは冒険者試験会場とヒアモリの故郷の二つ。


(密林に、雪国。どちらも地水火風のいずれにもしっくり当てはまらない)


 しいて言えばそれぞれ地と水が関係するのだろうが、原作ほど象徴的なものかと言われればノーだ。


(アルバスは何をたくらんでいる)


 いやまあ、何をたくらんでいようとねじ伏せるつもりだけど、相手の思惑を先読みして策をとん挫させるというのはなかなか乙なものなのである。

 できそうならやりたいのが本音なのである。


「師匠ー、届いたよー、入るよー」


 考えても情報が足りないと思い、地図をしまおうとするとササリスが部屋へと侵入してきた。


 妙だな。

 鍵はかけておいたはずなんだが。

 まあかけ忘れることもあるよな。

 うっかりうっかり。


「ノックぐらいしろよ」

「許婚の部屋に入るのにわざわざノックする人なんている⁉ いないよね!」

「いるし、許婚じゃないし」

「むー」


 口を尖らせてササリスが扉をこんこんと叩く。

 違う、そうじゃない。

 ノックは入室前にするんだ。

 ドアを開けてからやっても意味が無いんだ。


 というかなんだその大荷物。

 この部屋に置くつもりか?


「じゃーん、見て見て! 師匠が欲しがってた世界地図!」

「え、マジで手に入れたの? アルバスがいた時代の地図?」


 ササリスが手に持っていた大きな石板は、この世界の全景を描いた太古の地図だった。


(やっぱり、大陸の形がいまとは違う)


 測量技術の問題だろうか。

 いいや、それもあるだろうが、それだけではない。


「大陸移動説、か」


 その地図に描かれていた大陸は、たったの一つだった。

 現代で一般に使われる六大陸のいずれとも異なる。


(アルバスが封印された当時の地点は、えっと……探すのめんどくせえな)


 仕方ないから【複写】と【写像】でプロットだ。


 荒野に水の都、火山に神殿。


 打ち込まれた点は、きれいな同心円状に等間隔で配置されている。

 つまり、四点を結んでできる図形は、正方形だ。


(ここに冒険者試験会場とヒアモリの故郷をマッピングしなおすと……)


 あれほど意図のわからなかったアルバスの工作が、あんまりにもあっさりと見抜けてしまった。


「そうか、そういうことだったのか」

「師匠?」


 密林は風の神殿と水の都の中点、雪国は水の都と荒野の中点に位置していた。

 つまり、密林に、雪国。それらが象徴していたのは地水火風のいずれでもない。


(工作を確認できた2地点をアリストテレス風に言うなら『湿』と『冷』――性質だ)


 万物は四つの性質の内、二つの性質を持っていると考えられていた。

 温かく乾いているものは火、冷たく湿っているものは水というように。


(土と火、火と風の中点に位置する場所を探れば、古代の地図に位置しているのは砂漠と、ドワーフが住まう鉱山都市)


 それぞれが象徴しているのは性質で言うところの『乾』と『熱』。

 アルバスが次に狙うのはこのうちのどちらかと見て間違いない。


(うーん、せっかく先読みできたんだ。どうにか手のひらの上で踊らせられないものだろうか)


 そういえば、ヒアモリの故郷ではシロウがうまいことそそのかされて利用されたんだよな。

 シロウたちが集落から立ち去った後に里長から聞いた。


(シロウとアルバスが共闘して俺を倒しに来るのは望んだ展開ではあるんだけど、敵対関係にある二人が手を取り合うからこそ胸アツなんだよな)


 最初から仲いい同士で来るならただのシロウパーティでいいわけですよ。

 原作で主人公を苦しめた相手が味方として共闘してくれるからわくわくするわけですよ。


 よし、決めた。


(シロウにアルバスをぶつけるか)


 名付けて仲たがい大作戦。


 まず、俺からアルバスに接触します。

 するとアルバスは「君から接触してくるなんて、どういう風の吹き回しだい?」と警戒するだろう。

 そこに対して俺は至極もっともらしい回答を提示する。


 すなわち、

『お前の復活に少しだけ手を貸してやってもいい。その代わり、この男を叩きのめせ』

 とシロウを倒すように焚きつけるのだ。


 アルバスはシロウがルーン使いだと知っているわけだから、俺が同族嫌悪からアルバスを利用しようとしている思い至るだろう。

 そして暴れること自体は、彼にとっても好都合。


 きっと取り戻した力を誇示してくれる。

 町に被害を及ぼそうとするアルバスを、シロウたちは必死に食い止めようとするはずだ。

 俺、シロウたち、アルバスの三勢力が三すくみの形になるってわけ。


 作戦に抜かり無し!

 ……本当か?

 結構仮定形の展開が多い気がするぞ?


 ま、なんとかなるか。

 臨機応変にやっていこう。


「ハッ⁉ 師匠! もしかして、この地図って」


 広げた地図に打ち込まれた6つの点をしげしげと見つめて、ササリスが驚愕する。

 そうか、お前も気づいたか。


「ああ、ササリスの想像通り――」

「埋蔵金を示す、宝の地図……!」

「――じゃなかったわごめん」


 しょっぱなから読み違いは勘弁してくれ。

 幸先悪いなぁ……。

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