幕間×WHITE×風
そして、夜になった。
長い冬が明けたとはいえ、高地の夜は冷え込む。
防寒対策をしっかりとして、シロウたちが
「こっちだ」
青年に導かれて、シロウたちは、まだ雪解けが終わっていないにもかかわらず露出した地面が広がる場所にたどり着いた。
いや、地面というよりは、巨大な地下シェルターにつながるハッチと言うべきか。
黒鉄色の重厚な門が、地面に覆いかぶさるように寝そべっている。
「シロウ」
「わかってる」
黒鉄の門に、手袋をつけたシロウの指が文字を描いていく。
淡い青色の軌跡が描くのは、【
「……シロウ?」
「なんか、嫌な予感がする」
この魔法は発動してはいけない。
根拠は無いが、そう感じた。
「何をためらっているんだ、あの男に繋がる手掛かりが残されているかもしれないんだぞ!?」
フェルトンが鬼気迫る様子でシロウを説得する。
「それは、そうなんだけど」
少なくとも、頭の中で考える限り、フェルトンの言い分は正しい。
クロウが使ったという魔法を発動してみなければ新たな情報は得られないのだ。
だから、発動すべきなのである。
(なんだ、俺は、何かを見落としているのか?)
シロウは必死に考えを巡らせた。
だが、どれだけ考えても、見落としは見つからない。
「シロウ!」
フェルトンが必死に懇願する。
「おい、貴様」
ラーミアがフェルトンの襟をつかんで引き寄せた。
「やけに必死だな。お前はシロウに何をさせようとたくらんでいる」
「な、何って、俺はただ、情報を提供しようと」
「そもそもの話だ。貴様はなぜこの集落にいた」
「調査だよ、この集落で、原因不明の吹雪が続いていると聞いて、それで」
「それで、公式には地図にも記載されない集落へとやってきていただと? あまりにもよくできた偶然だな」
ラーミアが槍の先を、フェルトンの首に軽く当てる。
「正直に答えろ、貴様は何をたくらんでいる」
「ま、待ってくれラーミア! 俺にはフェルトンさんが焦る気持ちもわかる」
見張りは道中で仲良くなったみんなが引き受けてくれているが、いつ集落の人に気付かれるかわからない。
時間は無限ではない。
悩んでばかりではいられない。
彼の焦る気持ちがシロウにもわかる。
「だから、頼む。仲間同士で争うのはやめてくれ!」
ラーミアは少しの間、シロウに視線を向けた。
彼の目は真剣だった。
だから、ラーミアはかけてみることにした。
自分が信じたシロウの決断に、乗っかることに。
「わかった。騎士としてシロウの判断に従おう」
シロウは胸を撫でおろした。
だが、抜いた気はすぐに引き締めた。
問題は、何も解決していないのだから。
(どっちだ)
引き返すべきか、魔法を発動するべきか。
直感は引き返せと叫んでいる。
理論は魔法を発動して情報を引き出せと指示している。
(やろう)
わかっているのは、ここで引き返せば後悔が残るということだけである。
だったら、やらずに後悔するくらいなら、やって賭けに勝つ可能性を信じる方がよっぽどいい。
「お、おおぉぉぉぉ!」
ルーン魔法や文字魔法には、意味を解釈して、制御するという工程が、本来は必要である。
だが、シロウは【
(ぐっ、なんだ、この文字は、制御が、効かない)
そのため不安定な魔法を成立させるために、魔力量で解決を図った結果、彼の内側からは魔力がゴリゴリと消費されていく。
結果として引き起こされたのは、魔法の暴走。
「な、これは⁉」
シロウの足元に広がる黒鉄の門が、目もくらむような光を放っている。
ただし、その光は決して穏やかな色ではない。
もっと禍々しく、どす黒く、憎悪を凝り固めたような邪悪な深紫色だ。
「シロウ! 罠だ!」
「ラーミア⁉」
体に強い衝撃が走った。
そう感じたときには、元居た場所からはじき出されていた。
そして、鼓膜が破れるような爆音が、脳を揺らした。
目が眩む。耳が痛い。
なんだ、何がどうなった。
「ラーミア? ラーミア、無事か⁉」
自分の声すら、近くの音なのか、遠くの音なのか判別が付かない。
だが焦点の合わない視界で、見覚えのある背中の、おぼろげな姿が見えた。
「ラーミア、無事だったのか――」
光に眩まされた目が、徐々に慣れていく。
あいまいだった輪郭が、くっきりした像を結んでいく。
そこに立っていたのは、血だらけのクルセイダーの姿。
「ラーミア!」
シロウは、選択を間違えた。
何もしない後悔と、何かをしでかす後悔。
同じ後悔でも、その重みは決して同じではない。
シロウはそれを、正しく理解していなかった。
「なん、だよ、これ」
破れた愚者の禁門から、おびただしい邪悪な魔物が飛び出してくる。
「なんなんだよ、これは!」
その一体一体が、恐ろしいほどの力を持っている。
シロウたちでは束になっても、たった一匹すら倒せない。
より正確に言うならば、相手にすらならない。
赤子の手をひねるように、秒殺されてしまう。
そんな魔物が、群れを成して飛び出してきたのだ。
「
声が、聞こえた。
次の瞬間の出来事だ。
「っ⁉」
あれほどいた、恐ろしい魔物の群れが、一匹残らず消し飛ばされていた。
愚者の禁門があったはずの場所には、のぞき込んでも底が見えないほど深い奈落が、空間を丸く抉り取ったかのように広がっている。
上空を見れば、白銀の翼をもつ翼竜が羽ばたいていた。
その首に、見覚えのあるフードの男がまたがっている。
「お、お前は!」
忘れもしない。
あれは間違いなく、クロウと呼ばれる男。
視線が合った。
漠然とそう感じた。
すぐさま、翼竜にまたがる男はどこかへ羽ばたいていこうとする。
「待て、お前の目的は、いったいなんなんだ!」
シロウの言葉は、空しくもかき消えた。
満天に広がる星空へと吸い込まれていくように。
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