幕間×WHITE×火

「くそ、何がどうなってやがるんだ」


 集落全体をぐるっと囲う柵の付近で、一人の青年が悪態をついた。


「俺たちが集落を離れて応援を呼びに行ってる間に何があったんだ。みんなの様子、まるで別人じゃないか」


 一緒に里の外へと応援を呼びに行った同郷の仲間は顔を合わせて頷きあい、それを見てシロウたち一行は顔を曇らせた。


(やっぱり、あいつが何かしたんだ)


 あいつというのは、宿敵のことである。


(でも、いったい何を?)


 その答えはきっと、この集落にある。

 だけど、集落の人間はシロウたちを拒絶している。

 調査を許してくれる雰囲気ではない。


 諦めて、引き返すしかないのか、すごすごと。


「知りたいかい?」


 釈然としない感情とどう向き合うか悩んでいると、聞き覚えのある声がした。


「その声は」


 振り返ると、そこにやはり見覚えのある男がいた。


「やっぱり! フェルトンさん!」


 集落出身の青年が「知り合いか?」と問いかけたので、シロウは声を弾ませて「仲間です!」と答えた。


「フェルトンさん、知ってるんですか? この里で何があったのかを」

「ああ」

「本当ですか⁉ 教えてください!」

「もちろんさ、仲間だろう?」


 自分は運がいい。

 シロウはそう思った。

 この場にフェルトンが居合わせていたこともそうだが、彼のような優しい人と巡り合えたことこそ、本当に感謝すべき星の導きだと感じた。


「この集落の人たちはね、洗脳されているんだよ」

「洗脳?」


 シロウには聞き覚えの無い言葉だった。


 ラーミアが唾棄すべき悪を見たかのように顔をしかめる。


「人の思想や主義を根本から捻じ曲げることだ。あの男のような外道が好みそうな卑怯な手だな」


 そんなことができるのだろうか。

 シロウは疑問に思ったが、その答えは集落の人の異様さが物語っていると気づいた。


「シロウ、どうするの?」


 ナッツが不安そうに聞いた。

 答えは決まっていた。


「俺は、みんなを助けたい」


 たとえ洗脳されたいま、クロウに忠義を誓うことに幸福を感じていたとしても、それは偽りの感情だ。

 きっと、本当の意味でしあわせになんてなれやしない。

 みんなには、元の自分を取り戻してほしい。


「でも、どうやって?」


 ナッツの疑問はもっともだ。


「それは今から考える」

「あはは、シロウらしいね」


 ナッツが困ったように、だけど優しい笑みを向けた。

 問題は一歩も解決に向かっていないけれど、ナッツがいてくれるだけでどうにかなると思えた。


「手がかりなら、あるよ」

「え?」


 言葉を発したフェルトンの方を見れば、彼は得意げな笑みを浮かべている。


「見ていたんだよ、君のそっくりさんがこの集落で何をしていたのかを」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ」


 フェルトンは足元に積もった雪へと指を突き刺すと、砂地に絵を描くように地図を描き出した。

 この集落の俯瞰図だ。


「この集落はもともと、愚者の禁門と呼ばれる施設を守護するために出来たんだ。そして彼は、その禁門にこんな文字を書いていた」


 その隣に描いたのは、アルバスからシロウに伝授するよう命令されたクロウの使う文字。


 すなわち、【魔壊まかい】である。


「シロウ、わかる?」


 冒険者試験二次会場の洞窟でスリサズの文字を見たとき、シロウは運命的な出会いを感じた。

 これがルーン文字だと直感した。

 自分がその文字を扱う様が、ありありと脳内に浮かんだ。


 だが、フェルトンから教わった文字には、そういったイメージが浮かばない。


「ううん。わからないな」


 ルーン文字ではないのではないか。

 浮かんだ疑問は、言葉にしなかった。

 いや、言葉にできなかった。


 もし、予想が正しいのなら、事態は最悪だ。


(俺とあの男の魔法は、同じじゃない? 俺のルーン魔法は、あいつの下位互換なのか?)


 そうなら、そうだとするならば。

 いったいどうやって、あの男に勝てばいいのだろう。

 そんな不安を押し殺したから、言葉にならなかったのだ。


「とりあえず、一度試してみないかい? もしかすると、それで何かわかることがあるかもしれない」


 フェルトンが目を細くしてシロウに提案した。


「そう、ですね。それ以外に手がかりも無いですし」


 フード男の凶行を阻止する。

 そのためには、彼が何をしていたかを知る必要がある。


「そういう話なら、この集落出身の俺たちが力になれるだろう」

「今晩、俺たちが見張りを引き受けよう」

「シロウたちはその間にこっそり禁門を調査してくれ。それでどうだ?」


 自分は仲間に恵まれている。

 シロウは改めてそう思った。


「はい! よろしくお願いします!」

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