幕間×WHITE×水
「こっちです! 日が沈む前に、早く!」
スケルトンライダーの群れからの強襲に対し救援を求めに行った三人組の一人が、ひっ迫した様子で集落への帰還を急いでいた。
彼らの後ろには、さらに三人組の男女がついていた。
シロウたち一行である。
救援要請に向かった三人は無理な下山を試みた。
彼らの一人が足にケガを負ったのはその時だ。
山のふもとまで下りたはいいが、魔物が出るかもしれない通りに置いていくわけにもいかず、かと言って集落の危機は緊急を要するもの。
負傷した男の「俺を置いていけ」という意見と、「こんなところに置いていけない」という意見がぶつかり合っていたところに通り掛かったのがシロウたちだった。
ナッツが回復魔法を披露し、シロウたちが冒険者だとわかると、彼らは町へ向かう時間を省き、集落へと引き返すことを選択した。
無事でいてくれと、必死の祈りを捧げながら。
だがその祈りは、変わり果てた故郷という形で実現することになる。
「……え?」
「これは、どういうことだ」
「吹雪が止んでいる。それに、スケルトンライダーたちの死骸がこんなに。何があったんだ?」
何も、無かった。
あれほど彼らを苦しめていた嵐のような吹雪も、夜になれば攻めてきていたスケルトンライダーの群れも、何もかもが消え失せていた。
「お、おい、あれ!」
三人のうちの一人が遠方を指さした。
指先を追いかける。
そこで彼らはさらなる驚愕を受ける。
「山脈に、穴が開いている、のか?」
まるで巨大な龍が山を食い破ったような跡。
スプーンでくりぬいたような空洞が、連なる山々を穿ち破っている。
(いったい、この集落で何があったんだ)
三人、いや、シロウたちを含めて六人の思考がシンクロする。
そして彼らが抱いた疑問は、あまりにもあっけなく答えを開示されてしまうことになる。
「おお、お前たち! 帰ったか! おい、英雄たちの帰還じゃ! みなのもの! 精一杯の賞賛を送ろうぞ!」
「おおぉぉ! 助かったぞ!」
「あんたらのおかげだ!」
「よくぞあんな凄腕の冒険者に救援を求めてくれた!」
もっとも、その答案を受け入れるには、あまりにも心の準備ができていなかったわけだが。
「ま、待ってくれ、いったい何を言っているんだ⁉ 吹雪は⁉ スケルトンライダーたちはどうなった⁉」
いましがた集落にたどり着いたばかりの彼らは困惑するばかりだ。
なにせ彼らは、クロウたちがこの集落で何をしたかを知り得ない。
まして、クロウたちが「自分たちこそが応援要請を引き受けた人間だ」と偽って、無理難題を解決したとは思いもしない。
話がかみ合わない。
だから集落の人間たちは互いに顔を見合わせて、盛大に笑った。
「とぼけなくてもいい。お前たちがあのお方を呼んできてくれたことは、ここにいる全員が知っておる」
「わけがわからねえよ、里長。あの方って誰のことだよ」
「クロウ様、じゃよ」
予想外の人物の名前に、とびきり大きな反応を示したのはシロウだ。
「なんだって⁉」
どうして、あいつの名前がここで出てくるんだ。
「そ、そいつはもしかして、こんな魔法を使っていませんでしたか⁉」
シロウは虚空に、折れ線を描いた。
平仮名のくの字によく似たルーン文字、
淡い青色の軌跡が意味するところは炎。
シロウのルーン魔法が発動し、小さな炎を灯す。
「おお、それはまさしくクロウ様が使っていらっしゃった魔法!」
「や、やっぱり」
「もっとも、威力は段違いどころか桁違いですがな」
あいつだ。
シロウはそう思った。
(冒険者試験の二次試験会場で戦った糸使いの女は俺を捕まえたときに言っていた。「……違う、あんたはクロウじゃない」と。あれはあのフードの男のことだったんだ!)
謎が一つ解けた気がした。
だが、往々にして、ひも解けた謎は新たな謎を呼ぶものである。
「そういえば、あなたはクロウ様とよく似ておられる。もしや兄弟ですかな?」
「え?」
シロウに兄弟はいない。
少なくとも、彼の知る限りは。
「ナッツ、俺に兄弟なんていないよな?」
そう聞いたのは、いないよと言ってもらい、安心したかったからだ。
それなのに、
「うん、シロウもわたしも、一人っ子……うっ」
自分をよく知る幼馴染から紡がれた言葉が、それを断言してくれることは無かった。
ナッツは眉間にしわを寄せて、側頭部を手で押さえ、頭を振りながら壁にもたれかかる。
「お、おい、ナッツ、大丈夫か?」
「ううん、何でもないの。ちょっと、頭がズキっとしただけ」
何でも無いはずがない。
視野が狭くなって、周囲が暗くなっていくような錯覚に陥る。
嫌な汗が背筋を伝う中、肩にぽんと手を乗せられた。
冒険者試験で仲間になり、一緒に行動している、クルセイダーのラーミアだった。
「高い山に登ると体調を崩すことがあると聞く。確か、高山病と言ったか」
ラーミアが言うには、高山病に掛かったときは、軽度なら安静にして、深呼吸するのがいいという。
だが、ナッツはそうではないと断定した。
「ううん、違うの。何か、とっても大事なことを忘れてるのに、それを思い出そうとすると、頭が、痛むような」
ナッツは知らない。
冒険者試験終了後にクロウの顔を見ていることも、彼に一度命を救われていることも。
文字魔法【忘却】によって記憶を失っている彼女が記憶を取り戻そうと抗えば、脳に負荷がかかる。
頭痛の原理は、こんな単純な仕組みだ。
(よくわからないけど、ナッツが苦しそうだ。俺に兄弟がいるかどうかは、一度置いておこう)
そんなことより、いや、自分の知らない兄弟がいるかもしれないという話も気になるのは間違いないが、それ以上に、いまは大事な話がある。
「それで、あいつはいったい、この集落で何をしでかしていったんですか?」
シロウは知っている。
謎のフードをかぶった男、クロウと呼ばれる男がどれだけ残酷な人間かを。
あいつは凶悪だ。
同じルーン魔法の使い手として、みんなの笑顔を傷つける宿敵を野放しにしておくわけにはいかない。
「しでかすも何も、この集落は救われたのですよ、クロウ様の手によって」
わけが、わからなかった。
(どういうことだ?)
シロウの知るフードの男とは人物像がかけ離れている。
「そ、そんなはずない! 何か、たくらみがあったはずだ!」
「……シロウ殿、とおっしゃいましたな」
頭皮ノーガードの里長が、ギラリと目を光らせる。
「あのお方とどのようなご関係かは存じませぬが、彼は我々の救世主。悪く言うのはよしていただきたい」
「でも」
「ええい! 黙れ! それ以上あのお方を悪く言うなら容赦はせぬぞ!」
明確な、敵意。
おのれに向けられる冷たい感情を、シロウは自分の肌感覚をもって感じ取った。
里長だけではない。
自分たちを案内してくれた三人を除く、集落に住む全員から、同じ、鋭い敵意を向けられている。
「シロウ、ここは一度ひこう」
ラーミアの提案に、シロウは頷いた。
この集落は、どうにも様子がおかしい。
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