第15話 禁門×アルカナス×アビス

 猛吹雪を作り出していた魔物も退治して、山間部の集落にも平穏が訪れた。

 広場の中央広場にはかがり火がたかれ、集まった住民たちがお祭りのように騒いでいた。


 そんな、気の緩んだ住民たちの目をかいくぐり、集落の外れにある空地へと向かう。

 主に俺とヒアモリで。


 ササリスは民衆に交じって何かを扇動していた。

 正直あいつを残すのは不安しか残らないけれど、大事なシーンにつれて行くのも不安でしかない。

 どっちの不安を取るか、それはもう悩んだ。

 めちゃくちゃ悩んだ。


 めちゃくちゃ悩んだ挙句、ササリスは置いてきた。

 この決断に後悔はない。

 いややっぱ不安。

 余計なことしてないといいけれど。


「ここです、クロウさん」


 ヒアモリはそういうが、俺にはどれがそれなのかわからない。

 雪に埋もれているという話だったから、雪をどければどうにかなるだろうか。


「【除雪】」


 文字魔法を発動すれば、降り積もっていた雪がかき分けられて、ゆっくりと地面が顔を見せた。

 いや、広がっていたのは地面ではなかった。

 夜の闇でわかりづらかったが、実際に埋まっていたのは、漆塗りの黒鉄。


(門っていうから、てっきり城門みたいなやつを考えていたけど、これは地下シェルターに続くハッチだな)


 大きい。

 縦横ともに10メートルはあるだろうか。

 扉の表面には小さな半球状の突起が規則正しく並んでいた。

 たしか、釘を隠す目的で使われる装飾だ。

 分厚く、ずっしりした重量感を放つ扉には、荘厳さと威圧感が見え隠れしている。


 しかし。


「鍵穴が見当たらないな」


 詳しく調べてみる必要がある。

 そう思いながら、指先で扉に触れた。

 その瞬間。


「ん?」


 首飾りにしてある、親父殿からの贈り物、【アルカナス・アビスの秘鍵】が突然輝き始めた。

 目もくらむような閃光が、視界を白く染めていく。


(なんだ、これは。扉に、吸い込まれる⁉)


 接着した指先から、徐々に、しかし着実に、扉の侵食が始まる。

 手首、肘、肩と、順を追って、俺を蝕む。


 引っ張り出せない。

 まるで、扉に飲まれた向こう側の時間が停止しているかのようだ。

 実際には俺の体は現在進行形で扉の向こうへと引き込まれているのだから、そんなはずはないのだが、コンクリートで埋め立てられたかのように指一本動かない。


「クロウさん!」


 ヒアモリのかわいらしい声を最後に、俺の体は、黒鉄の門へと完全に呑み込まれた。


  ◇  ◇  ◇


 目を開くと、薄暗い洞窟に立っていた。

 たどり着いた空間自体は広くない。

 ぐるりと見回せば、紫色の水晶でできた外壁が、奥に続く通路からこぼれる灯火に揺られるようにきらめいている。


「……まずったなぁ」


 状況を理解して真っ先にため息が出た。

 一緒にいたはずのヒアモリはここにいない。

 つまり、扉の内側へとやってきたのは、カギを持っていた俺一人。


「ササリスを集落に置いてきたのは失敗だったか」


 これなら扉の前で監視でもさせておいた方がましだった。

 なんて考えたっていまさらか。


 ひとまず、明かりが導く方へと向かってみよう。


 小部屋を抜けて、細い道を抜ける。

 やけに自分の吐息がうるさく聞こえる。

 緊張しているのか?

 いや、違う。

 昂っているんだ。


(って、妙に気分を高揚させても仕方ないよな)


 親父が俺にカギを託したのが10年以上前。

 その間、ずっとこの洞窟で俺を待っていたなんてことは無いだろう。

 この洞窟を調べたとして、おそらく手に入るのはわずかばかりの親父の痕跡。

 そう簡単に見つかるはずがない。


 ……と、考えていた。


「来たか」


 細く、息苦しい道を抜けた先に、開けた空間が広がっていた。

 部屋のいたるところに光源の埋め込まれた広場は、日中のような明るさを確保している。


 その広場の中央に、その男は立っていた。


「……親父殿、いや、ドッペルスライムか?」

「フッ」


 男はおもむろに俺へと向き直ると、その指先を俺へと向けた。

 その指先が空間へと、青白い軌跡を描いていく。


ケナズ


 しまっ――


ラグズッ!」


 親父殿が放った極大の業火を、すべてを呑み込む水流で打ち消し合う。

 ぶつけるそばから焔の熱量で激流が蒸発していく。

 瞬く間に、水晶洞窟が霧に包まれる。


(この魔法、この威力――ッ)


 俺が知る限り、ルーン魔法を使える人間はこの世に三人しかいない。

 俺を除けば二人だ。

 そしてそのうちの一人はシロウ。

 だが彼はまだ、ここまでの威力のルーン魔法を使えない。


(ドッペルスライムなんかじゃない、この男は――)


「間違いなく本物だ、とでも思ったか?」


 無精ひげをこしらえた男が、俺の思考の続きを否定した。


 本物ではないと言うのか?

 そんなはずはない。

 目の前に立ちはだかる男はの顔は、俺がまだ生後10か月だったころに見た父親の顔そのものだ。

 他人の空似なんて考えられないほどに。


(そうだ、そうだよ。あれから10年以上の月日が経ってるんだ。もしも本人なら、相応の加齢が見た目に現れているはず)


 だが現実はそうなっていない。


(10年前と変わらない容姿、ルーン魔法、そして彼自身による「本物ではない」という宣言。ここから推測できる可能性は……)


 カチリ、とピースがはまった気がした。


「記憶か」


 無精ひげの男が不敵に笑った。

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