第14話 存在×証明×激しい

 やりすぎた。


 海神わだつみ様のブレスによって、山脈にぽっかりと空いた大穴を見上げて、そう思った。


(やっべ、直さないと)


 幸い、その手段はある。

 文字魔法の出番だ。

 復元とか、修復とか、その辺の文字を最大威力でぶっぱすれば元通りにできるはず。


(……ん? ちょっと待てよ?)


 そもそも論、直す必要ってあるのだろうか。

 あえてこのまま残すのもまた一興なのではないだろうか。


 たとえばこんな感じ。


  ◇  ◇  ◇


 宿敵クロウのうわさを聞きつけたシロウたちは、山脈北部にひっそりと存在する隠れ里へと足を運んでいた。

 そこで見たのは、巨大な龍が食い破ったかのような、山脈だったものの残骸だった。


「もう、半年ほど昔になりましょうか」


 厚着を着込んで、手袋とマフラーをして、しかしなぜか頭髪だけノーガードのおっさんが目を細める。


「いつまでたっても明けない冬に、毎夜毎夜襲い来るスケルトン集団。この集落は、滅亡の危機を迎えておりました」


 シロウは思った。

 このおっさん、頭、寒くないのかな、と。


「そんな時、彼らはやってきました。そのうちの一人は、あなたとそっくりの容姿をしておりました」

「……ッ! そいつはもしかして、こんな魔法を使っていませんでしたか⁉」


 シロウがライドの文字を虚空に描くと、淡く光った後に風が巻きあがった。


「おお、まさしくあの日見た奇妙な魔法ですな。もっとも、威力は段違いどころか桁が違いますがな」


 シロウが表情を曇らせた。

 奥歯を噛みしめるしかできなかった。


(俺のルーン魔法は、不完全なのか?)


 自分だけの魔法だと思っていた。

 人にはできないことができるから、自分は特別なんだと、心の奥底では思い込んでいた。


 全然特別なんかじゃない。

 世の中には、彼と同じことを、彼より高度に扱えてしまう人間がいる。

 だったら、どうすれば、自分の存在意義を証明できる――


「違う! シロウの実力は、こんなものじゃない!」


 隣から聞こえる怒鳴り声に、シロウは水を掛けられたようにハッとした。


「シロウの偽物がどれだけ強くっても、関係ない! シロウは負けない! だってシロウは、シロウは」


 彼以上に必死に叫んでいるのは、彼の幼馴染のナッツだった。


「シロウは、わたしのスーパーヒーローなんだから!」


 こぶしを握る手に力がこもる。


(そうだ、何を弱気になっているんだ)


 勝てるか勝てないかじゃない。

 勝つまで挑み続けるんだ。


(俺の存在価値はなんだ。俺を信じてくれる人がいる。誰かの助けになりたいと思う)


 それと、ほんのちょっぴり強めの好奇心。


(それだけあれば、十分だろうが!)


 両の頬を、平手でぱちんと叩く。

 冷気で強張った頬に、ひりひりとしびれるような痛みが走る。


「たしかに、俺ではその男に勝てないかもしれません。でも、いまはまだ、です」


 最後には、必ず勝つ。

 シロウはそう付け加えた。


 頭ノーガードのおっさんは顎髭に手を当てた。

 シロウの底を見透かすような目が向けられる。

 己の器を鑑定されているようで、指先が震える。


「あれを見ても、同じことが言えるか?」


 ハ……スキンヘッドのおっさんは、ぽっかりと大穴の空いた山脈を指さした。

 シロウの目が、張り裂けんばかりに大きく開かれる。


「まさか、この食い破られたような山の痕は、あいつが放った魔法の跡だと言うんですか?」

「そうだ」


 雲の切れ間から陽光が差して、おっさんの頭をきらめかせている。


「もう一度聞く。本当に、勝てると思うのか」


  ◇  ◇  ◇


 いやおっさん邪魔。

 主張がはげしすぎるのよ。

 ちょっとは自重してもろて。


(でもま、決まったな。この山は壊したままにしておく。なぜならそっちの方がカッコいいから)


 懸念事項があるとすれば、シロウがこの村に訪れるかどうかだけど、可能性のいくつかにかすれば御の字。

 外れてもともとなのだ、先行投資というやつは。


「あ、海神様、今日はありがとうございました」


 他のドッペルスライムたちを元の姿に戻しながら、本物の海神様には感謝の言葉を述べる。


 海神様は「いいってことよ」って感じの笑みを浮かべると、白銀の翼を羽ばたかせながら空へと飛び立っていった。


(お、空も晴れてきたな)


 名残雪もほどなく降りやむだろう。

 標高の高いこの山で、積雪の季節になるまでに雪が解け切るかはわからないけれど、これでようやく計画の本題に入ることができる。


 すなわち、親父殿の手掛かりである【アルカナス・アビスの秘鍵】の検証だ。


「師匠ー」


 集落の方から、忍者みたいにアクロバティックな動きでササリスがやってきた。

 たぶん、岩山に糸を伸ばしてワイヤーアクション的な感じでのぼってきたんだと思う。

 本当に便利な魔法だよな、糸魔法。

 で、なに?


「ここに来た時にいた栗毛の少年が、夜になる前に教会に行かないとって言ってたでしょ?」

「ああ」


 この集落の長の息子さんな。

 スケルトンライダーに追い回され、ササリスに雪まみれにされて、ヒアモリに2回洗脳されたちょっとかわいそうな子。


「それがどうした」

「うん。あたし、すっごく大事なことに気付いちゃったんだけどさ」


 ササリスが真剣な顔をした。


 なんだろう。

 あの子に何かあったのだろうか。

 それとも教会か?


「教会がここにあるってことは、あたしと師匠に挙式しろっていう天からのお告げなんじゃ」

「帰れ」


 大体の町にあるよ、教会。

 スラム出身のササリスは知らないかもしれないけどさ。

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