第13話 海神×ドッペルスライム×特性コピー

 周囲の吹雪をかき集め、フェンリルスケルトンが魔核を再生していく。

 時間が経過するほどに存在感を増していく。


 その様子を、俺は黙って見ていた。

 回復中の敵を襲うのは余裕の無い悪役だけ。

 俺が目指す理想のダークヒーローは、相手の万策をことごとく受け止め踏み砕く圧倒的強者。

 風情の無い戦い方をするつもりはない。


「師匠、思ったんだけど、あいつが復活に使おうとしている雪を溶かし続けたらいつか力尽きるんじゃない?」

「雪解け水はどうする気だ」

「山の雪解け水として売り出す?」

「金の稼ぎ方の話じゃねえのよ」


 この集落は周囲の山より低地にできているから、山の雪を解かせば洪水する。

 ゆっくり溶かせば山にしみこむなり、河川の許容量を超えずにふもとへ流れるなりするだろうが、フェンリルスケルトンの再生を防ぐ勢いで溶かせば危険だ。

 最悪の場合、愚者の禁門の解放にも時間が掛かりかねない。


「再生は終わったか? フェンリルスケルトン」


 自らの脚部に【跳躍】の文字を描き、白銀世界の主へと肉薄する。

 鋭い牙、胸部が大きく、腰へ向けて細くなる強じんさと俊敏さを兼ね備えた体躯、連なる尾骨が描く美しい流線の軌跡。

 朽ちてなおカリスマ性を放つ獣の眼窩がんかが、千載一遇の好機を逃した俺を侮蔑するように俺を上から見下ろしている。


 勘違いするなよ?

 お前を倒すなんて、いつでもできる。


 逃したのはチャンスでも無ければ、そもそも俺ですらない。

 お前が、死ぬ機会を、失っただけだ。


「頭が高いぞ、白銀の王が誰かを教えてやれ。いと深き蒼海の支配者」


 銀世界に放たれた俺の声が、天へと掲げた俺の手のひらを進行方向に空へと響く。

 フェンリルよりずっと前から神を冠する翼竜がこの地へ舞い降りる。


 舞い降りる。



 舞い降りろ!


「ふっ」


 海神わだつみ様、俺悲しいよ。

 耳、遠いんだな。


「【海神】、【招来】」


 両手を天へと掲げ、それぞれの手でそれぞれの文字を虚空に描く。


 こうなったら力技だおらァ!

 意地でも呼び出してやる!


(来い……! 海神ィ!)


 空に、亀裂が走る。


 銀色に染まる天に、星界の様な裂け目が現れる。

 そこから覗かせる翼は、吹雪より荘厳な、真なる白銀。


 よかった、祈りが通じたんだね!


「降臨せよ、そしてかの獣に格の違いを知らしめろ!」

「ギュラリュルゥゥゥゥウウアアアッ‼」


 海神様が現れると同時にブレスを叩きつけた。

 360度上下左右に広がる白銀世界の一角に、大きな穴が広がる。


 わはは、思い知ったか。

 これが絆(同好の士的な意味で)の力だ!


「ん?」


 凍気の刃が、俺の頬を引き裂いた。

 鮮血が宙に舞い、降り積もった雪を赤く染め、しかし舞い踊る吹雪がその紅色を白く染めていく。


 傷口は瞬く間に凍り付いた。

 血中に含まれる不凍液の作用すら踏み越えて、冷気が血液を凍らせていく。


「海神のブレスをしのいだか」


 一度は神を冠したプライドか?

 俺にケガを負わせたことは誇っていいぞ。

 なにせ、世界を救う主人公シロウにさえできなかったんだからな。

 いまは、まだ、だけどな。


 フェンリルスケルトンが雄たけびを上げる。

 吹き荒れる雪が、鋭く、荒々しい刃物と化して迫りくる。

 四方八方から迫る攻撃に、逃れる術はない。


 だが、威力不足だ。


「防御ってのはな、こうやるんだよ。【結界】」


 生成された氷刃が、俺の周囲に展開された隔離壁にぶち当たり、粉々に破砕されていく。

 鍛えた刃が、再び結晶へと朽ちていく。


 神の名の冠は、お前にはいささか重そうだ。

 返納しろよ。

 お前はただの、魔法が使えるだけのオオカミだ。


「攻撃はこうするんだ。出でよ、ドッペルスライムども」


 ササリスから回収したばかりの乾燥スライムを雪にまきます。

 すると氷の結晶から水分を吸収して、瞬く間にもとの体積を取り戻していくではありませんか。


 まだだ!

 復活したドッペルスライムは、身体構造を組み替え、他の生命体のクローン体へと変身可能!

 変身先は決まっている。


 そう、海神様です‼


(わははー、すごいぞー、カッコいいぞー!)


 世界最強クラスの生命体、海神。

 それが俺の眼前に、無数に並んでいる。


(海神様のブレスは魔法ではなく、ただの生物特性。固有魔法をコピーできないスライムでも再現可能!)


 さあやれドッペルスライムども!

 迷える魂を黄泉送りにしろ!


「吹き飛べ」


 吹雪もスケルトンフェンリルも分け隔てなく、無数のブレスが、すべてをかき消した。


 ついでに、背後にそびえていた山々すらも粉砕した。


「あ」


 やりすぎた。

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