第12話 フェンリル×風属性×水属性
つまり、親父殿の手掛かりである愚者の禁門にたどり着くためには、この雪を降らしている迷惑なやつを懲らしめないといけないってことだな?
(災害級の魔法の使い手か。相手は相当の術者だな)
地震や津波、爆発や竜巻といった魔法は、それぞれの属性を極めた先にようやく至れる領域だ。
才能が無い場合は一生かかっても届かないこともある。
冷静に考えて、吹雪は風と水の複合だ。
それも、かなり高位の。
もし相手が単独だとするのなら、その術者は一つのみならず、二つの属性を極めていることになる。
(それに、長く続いているらしいこの吹雪、魔力量も俺に比肩するくらいあるかもしれない)
ふむ。
相手はどうやら人間じゃないな。
俺は人間だけど。
「フェンリル、いや、フェンリルスケルトンか」
「なにそれ」
「オオカミから神獣へと至った獣の成れの果てだ」
そのオオカミは最初、自己顕示欲の塊としてこの世に生を受けた。
適正属性は当然風。
爪を振ればかまいたちを引き起こし、雄たけびを上げれば突風が発生し、走った後には嵐が起こったという。
だが、死んだ。
アルバスが率いる古代文明との戦いで多大な功績を残した代わりに、彼は命を落とした。
その雄々しき姿から信仰の対象ともなった一匹の狼は、二度と目覚めることの無い夢へと落ちた。
はずだった。
「未練に縛られた魂は天へと昇ることもできず、かといって高貴なプライドは地獄に落ちることも認めなかった」
そうしてリビングデッドと化した獣には、とある変化が起きていた。
得意属性の変質だ。
「死してなおこの世にとどまろうとする妄執が、やつの属性を変化させた」
「話を聞く限りロクなやつじゃないね。どうせ変質先の属性もロクなものじゃないんだろう?」
「そう。ササリスと同じ水属性だ」
「神獣として活躍したやつが悪いやつなわけないもんね! やっぱりいいやつだったんだよ!」
ぐるんぐるん。
手のひらまだついてるか?
「生来の風属性、死後の水属性。吹雪を引き起こせるとすれば、二つの属性を高度に操るこいつしかいない」
「へぇ。ねえ師匠、そのフェンリルってのはデカいの? 歩いてたら見つかる?」
「一度は神を冠した風属性使いを捕まえられると思うなら見つけられるんだろ」
「あたし、鬼ごっこは得意だよ!」
「知ってる。身をもって」
こいつから逃げ切れる気がしないもん。
「探す必要、無いよ」
「ヒアモリ?」
フードの隙間から覗く、毛先が青みがかった銀髪がパチパチとスパークを起こしながら逆巻いている。
「もう、見つけたから」
ヒアモリが猟銃を構え、瞳からハイライトが消失する。
零れる呼気が白くなりながら、吹雪に棚引いていく。
彼女が息をすべて吐き終えると、呼吸による胸の膨張収縮運動が停止して、からくり人形のように、関節の一本に至るまで停止する。
研ぎ澄まされた殺意は、この吹雪の空よりもよほど冷たくて、
「
吹き荒れる雪のひとひらすら停止しているように思えるほど、濃密な一瞬。
彼女の細く、白い指が、引き金を引く。
「
邁進の弾丸が、眼前広がる吹雪のカーテンを引き裂いていく。
もともと豆粒サイズの弾頭は、瞬く間に見えなくなってしまった。
だが彼女の一射がフェンリルを仕留めたかどうかを見極めるのは、もっと容易にできた。
吹雪が、晴れていく。
(おー、全然見えなかったけど、直撃したんだな。にしても、この距離でなお減衰しない威力の弾丸ってどうなってんだ?)
この集落に伝わる伝統的な猟銃って言っていたし、何か特別な仕掛けがあるのかもしれない。
炸薬が特別なのか、銃身に仕掛けがあるのか。
どちらにせよ、それを扱おうとすれば相当の負荷がヒアモリにはかかってるはずなんだが。
あ、そういえば属性空だったな。
身体強化しながら撃ってるのか、なるほどね。
(まあ、これで吹雪が止めば、今度こそ愚者の禁門に……ん?)
吹雪が止もうとしている。
止もうとしていた。
そのはずだ。
それなのに。
(違う、吹雪が止もうとしてるんじゃない。これは、周囲一帯の雪景色が、一か所に集まろうとしているだけだ!)
そして、雪の結晶の向かう先がどこなのかは、誰の目にも明らかだった。
すなわち、ヒアモリが銃口を向ける方向と完全一致していたのである。
「クロウさん、大変」
ヒアモリが銃口を向けていたのは誰だったか。
そう、銀世界の向こうに潜む堕落した神獣、フェンリルスケルトンである。
そこに向かって集う雪結晶。
無関係であるはずがない。
「魔核は貫いた。確かに一撃で破壊した。それなのに、周囲の雪にわずかに含まれる魔力をかき集めて、魔核を復元しようとしている」
なるほどね。
完全に理解した。
「フェンリルスケルトンを倒すためには吹雪を消し飛ばす必要があって、吹雪を消し飛ばすためにはフェンリルスケルトンをぶっ飛ばす必要があるってことだな?」
なんだそのデッドロック。
致命的なバグだな。
……だからどうした?
その程度で俺を上回れるとでも思ったか?
「だとしたら詰めが甘いな」
お前の致命的な敗因はたった一つだ。
俺に理不尽さで勝負を挑んだこと、後悔させてやる。
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