第11話 吹雪×銀世界×阻害

 スケルトンライダーたちを返り討ちにしたことで、集落の人たちは俺たちのことを、村の若い衆たちが外部に求めた助けに応じてやってきた応援だと思ってくれるはずだ。

 それでも怪しむ輩はいるかもしれないけれど、俺とササリスにはなんと冒険者証がある。

 俺たちが親父殿に繋がる手掛かりである愚者の禁門を調査していても、不審に思われることは無いだろう。


(懸念事項があるとすればヒアモリの容姿だな)


 栗毛の少年がヒアモリの姿にピンときていなかったから、ヒアモリが集落を出てからそれなりの年月が過ぎてると推測できる。

 だけど、彼女を小さいころから知る大人などが見れば一目で気づくかもしれない。


 念には念を入れておくべきだろう。


「ヒアモリ、着ておけ」


 取り出したるは冒険者試験を受けたときに使っていたフード付きのローブである。

 二次試験終了後に潮風に飛ばされて失くしたと思っていたけれど、ササリスを引っ張って走ってる途中で見つけたので回収しておいたのだ。


「フードに【認識阻害】の文字魔法を施してある。顔を見られても相手の脳で情報が処理されなくなる」


 ヒアモリに渡そうとしていると、すぐそばに駄々っ子が現れた。


「ずるいずるい! あたしも師匠のおさがりが欲しい!」

「どこで張り合ってんだよ……」

「とりあえずこの服でいいよ」

「雪国で追い剥ぎしようとするな」


 鬼か。


 はあ、仕方ない。


「【複製】」


 ヒアモリに着せようとしていたフード付きのローブに文字魔法を使い、同じものをもう一つ用意する。


 二つになったうちの一つはおろおろしているヒアモリに、もう一つはやけに神妙な面しているササリスに渡した。


「師匠、思ったんだけど」


 俺は学んだ。

 真面目な顔してる時のササリスはろくなことを言わない。


「その魔法、ドッペルスライムの上位互換なんじゃ……!」


 うわ、めんどくさいとこついてきた。

 厳密に言えば複製は全く同じものを作るって意味で、単細胞生物の無性生殖とは別である。


 だから無理って答えてもいいのだけど、文字の解釈に遊びがあるのはルーン魔法も文字魔法も変わらない。


 複製をクローン生成の意味で発動することも不可能ではないし、そもそも【増殖】と書けば済む話である。


 でもやだ。

 やりたくない。


 俺が分身体だったらササリスの相手をするためだけに生成されるの許せねえもん。

 本体の俺を殺しちまう。


 うーん、どうにかしてササリスに諦めさせれないものか。


 あ、そうだ。


「俺は俺だ。ササリス、お前にはお前の代わりがいるのか?」

「師匠……っ!」


 よっしゃ、ちょろいもんやで。


 代償としてドッペルスライムをスケープゴートに使えなくなった気がしなくもないけど、些細な問題だな。


 ん?

 おい待てササリス。

 お前いまポーチから何を取り出した。


「さ、森へお帰り」

「乾眠したドッペルスライムを野に放つな」


 二次試験終わったあたりから見ないと思ったら、乾燥させて保管してやがった!

 スライムの特性上、乾燥すると生命活動を停止するものの、水分を吸収すると復活するのである。


 ドッペルスライムたちもいい迷惑だろ。

 突然こんな雪山で目覚めさせられたら。


「【速乾】」

「あぁ⁉」


 ササリスに持たせていい魔物じゃないな。

 俺が預かっておこう。


「クロウさん」

「なんだヒアモリ」

「向こうから、誰か来る」


 乾燥して縮んだスライムを回収する俺の袖をくいくいと引っ張るヒアモリかわいいヒアモリ。

 で、誰か来るって、誰だ?


「おーい! そこのお三方!」


 頭寒そうなおっさんが来た。

 なんで厚着着こんで手袋に耳あてにマフラーと防寒対策してるのに頭皮だけノーガードなの?

 ちょっと怖い。


「息子から話は聞かせていただきました! 遠路はるばる、救援に駆けつけていただきありがとうございます。集落の長としてお礼申し上げます」


 はッ⁉

 俺はいま、とても重要なことに気付いた。

 気づいてしまった。


 顔隠してるヒアモリと、同じく顔を隠しているササリス。


(不審者二人を連れてる俺、相対的に実力者っぽくね⁉)


 かっけえ。

 意図してなかったけどこれはこれであり。


 で、おっさん何か言った?

 全然話聞いてなかったわ。


「言葉はいいから、誠意は金で示しな」

「お前はちょっと静かにしてろ」


 連れの品性が無いと俺まで品性を疑われるだろ、いい加減にしろ。


 結局、おっさんは何て言ってたんだ?

 頭部の輝きが眩しすぎて全然話に集中できないんだが。


「っ」


 ヒアモリが俺の後ろに隠れた。

 あ、かわいい。

 庇護欲がかき立てられる。

 俺が守らねばって気にさせてくれる。


 でもいまは凛然と立っててくれる?

 連れに威圧感が無いと俺まで貧弱に見えちゃう。


 ……締まらねえなぁ。


 なんか、違う。

 俺の考えてた悪役ムーブとちょっと違う。


「う、お金は必ず、相応の額を支払わせていただきます! ただ、いましばらく、この異常気象が止むまでお待ちいただけませぬか?」


 異常気象?


「ええ、なにせもう、とっくに例年であれば雪解けが始まってもおかしくない時期なのですが、いまだにこの吹雪。冬を越すために蓄えていた食料も底をつきかけ、みな貧しい暮らしを強いられておるのです!」


 へえ、それは確かに異常気象だな。


「あたしは構わないよ。利息は十一だけどね」

「おお、お待ちいただけるのですか! なんと慈悲深い……!」

「騙されるな」


 だいぶまいってるなこのおっさん。

 そりゃ頭皮にもダメージが現れるってもんよ。


「ようはこの雪を晴らせば済む話だろ」


 ササリスさぁ、この集落に愚者の禁門があるってこと覚えてる?

 この集落の住民を搾り取って、愚者の禁門の管理者がいなくなったらどうするんだよ。

 むしろ積極的に保護すべきなのは確定的に明らか。


「【青天】」


 また自然現象が文字魔法を前に無力を晒すだけのつまらない結果になってしまう。


 ほら、吹雪く銀世界が引き裂かれて青空が広がって――


「あ?」


 文字魔法は発動した。

 猛吹雪はかき消された。

 そのはずなのに。


(雪が止まない?)


 どうして。

 その答えは、予想が付く。


(この吹雪も、何者かの魔法か!)


 いったい誰が……誰でもいいな。

 用があるのは愚者の禁門だけだ。

 金はいらないと言って立ち去るとしよう。


「クロウさん、大変」


 あ、ヒアモリかわいい。


「愚者の禁門が、雪で埋もれちゃってる」


 ……えー。


「師匠、師匠」


 なに。


「師匠とあたしが熱愛っぷりを披露したら雪さんも恥じらって溶けてくれるんじゃないかな?」


 そんな平和的手段でどうにかなってたまるか。

 お花畑は脳内だけにしておけ。

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