第9話 厚着×栗毛×少年
山脈を北へ行くほどに景色が変わってくる。
宙を漂う水分は結晶となり、しんしんと雪を降り積もらせていた。
「見えてきた。あそこ」
先陣を切って道案内をかってでたヒアモリが立ち止まった。
岩壁をう回してすぐのことだった。
彼女が指さす先を視線で追えば、針葉樹林を切り開いたように、小さな集落がある。
俺たちはヒアモリの故郷へとたどり着いた。
「妙だね、あまりに静かすぎないかい?」
「雪のせいで、みんな扉も窓も閉め切ってますから」
「にしても、人の営みの音さえ聞こえないけど」
「遮熱性を上げるために二重窓なんです。それで、音ももれにくくなってるんだと思います」
ヒアモリの答えは、一応、筋が通っている。
だが口にしている本人自身、その解答には納得いっていない様子だった。
「ヒアモリ、顔色が悪いぞ。それに、唇も青くなってる」
俺が指摘すると彼女は素手で頬に触れ、唇を指でなぞり、困ったように笑った。
「雪で冷えたんですかね。大丈夫です。私は――」
言いかけた言葉は途中で途切れた。
「うわああぁぁぁぁぁあぁ!」
代わりに、声変わりもしていないような、中性的な叫び声が響き渡った。
振り返れば冬服を分厚く着こんだ、栗毛の少年が、身の丈以上のスコップを肩に担いでどたどたと走ってきている。
その背後に目を向ければ、スケルトンライダーたちがものすごい勢いで距離を詰めようとしている。
だからとっさに、
燃え盛る火炎が少年を通り越し、迫りくる骸骨を火葬する。
「うわっ⁉」
「なにこの子」
炎に驚き転びかけた少年は、瞬く間にササリスの糸にからめとられた。
空中に縫い留められ、バタバタと手足を空中で空回りさせる。
「チクショウ、放せぇ!」
「わかった」
糸から解放された栗毛の少年は、重力に従い落下した。
降り積もった雪に、彼の体が埋もれる。
「わぷ、急に放すなブス!」
「あ?」
ササリス、キレた!
瞬間ヒアモリが動き出していた。
頭部に宿った電磁パルスが放出され、少年の脳へと流し込まれる。
「ササリスさんの悪口言わないで」
「あばばばば⁉ ……ご、ごめんなさい。ササリスさんはとても素晴らしいお方です」
洗脳やめろ。牛鬼を使いこなすな。
「【洗脳解除】」
「あ、あれ? 俺は何を……そうだ! 骸骨の魔物! いない⁉ いったいどこに」
正気を取り戻した少年は振り返ると、追っ手として放たれていたスケルトンライダーたちがいなくなっていることに気付いた。
それから、少年が走ってきた方向へと、雪が炎熱で溶けた跡が伸びている。
その雪解けの痕跡を辿れば、スケルトンライダーたちを倒したのが俺だというのは予想が付く。
だから栗毛の少年は眉をこれでもかと吊り上げて、俺をにらみつけた。
「ちっ、余計な真似を! あんなの、俺一人でもどうにかできたんだ!」
「クロウさんを悪く言わないで」
「あばばばば⁉ ……ご、ごめんなさい。危ないところを助けていただきありがとうございました。この御恩は決して忘れません」
だから洗脳やめろって。
「【洗脳解除】」
「あ、あれ? 俺は何を……くそ、意識がはっきりしねえのも、集落に魔物が押し寄せたのも、全部ヒアモリってやつのせいだ!」
少年は長靴で雪を蹴り飛ばし、俺たちは顔を見合わせた。
前半はともかく、魔物が押し寄せた理由になぜヒアモリの名前?
「父ちゃんが言ってたんだ! 昔、この集落に人殺しの妖怪に取りつかれた女がいたって! そいつが魔物をけしかけてるんだ!」
「っ、それは違う!」
「違うもんか! その女のせいで、俺たちがどれだけ苦しい思いをしてるか知りもしないで適当なことを言うな!」
一度は即座に否定したヒアモリの言葉は雪に飲まれて消え失せて、後には沈黙が残った。
自分に向けられた悪意に対してだけは、ヒアモリが電磁パルスを放つことはなかった。
代わりに瞳の奥に、悲しみの藍色が沈んでいく。
「ササリスが言っていただろ。人の幸不幸を決めるなんておこがましい、と。その逆も然りだ。他人が不幸と嘆いたからといって、お前ひとりで背負いきれると思うなんて傲慢だ。身の程を知れ」
ヒアモリが尊敬のまなざしを向けてくれた。
この上目遣いには殺人的破壊力がある。
かわいい。
「でも、この人のこと、私は見て見ないフリできません」
まばたきを一つしたヒアモリの瞳に、強い決意が現れていた。
唇に朱色が灯り、顔色に血の気が戻っていく。
「私を呪う人がいるなら、きっとその逆、私が誰かの力になることもできるはずだから」
ああ、もう!
ヒアモリはかわいいなぁ!
「お前らの助けなんていらねえ! いまこの集落の有志が他の町へ助けを呼びに行ってくれてるんだ! 俺たちの集落のことは俺たちでどうにかできる!」
……ん?
ちょっと待てよ。
この集落を出た有志が、集落の外へ連絡を取りに行った?
「一つ聞きたいんだけどさ、その有志ってまさか、三人組の男じゃないだろうね」
ササリスが言った。
いやいや、まさか。
俺たちがここに来る途中にすれ違った、山の急斜面滑り下りて行った男たちだなんて、ねえ。
そんなはずないだろ。
戻ってくるのいつになるんだよ。
ササリスは心配性だなぁ。
「お、お前、なんでそれを!」
あってるんかい。
そいつらしばらく帰ってこねえぞ。
「師匠、師匠」
ササリスが俺に耳打ちする。
「この集落の戦力が外に行ってるからたぶん守りは手薄だよ。いまなら楽に制圧でき――」
「やめろ」
お前はまたすぐにそうやって支配地域を拡大しようとする。
もっと穏便になるを知れ。
「そっか、そうだよね。やるなら恐怖による制圧じゃなくって、信仰による服従だよね!」
そういう話じゃない。
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