第8話 金の亡者×覇王×牛鬼の器

 親父殿につながる手掛かり、愚者の禁門を目指して南北に伸びる山脈を北上している。


「ねえ師匠、霧が濃くて前が見えないんだけど」

「さっき50メートルくらい引き離しても何食わぬ顔で合流してきただろ」

「師匠の居場所はわかるよ! 絆ってやつだね」

「もはや呪術の類だろそれは」


 そんな絆嫌だ。


「地下洞窟を通って縦断するルートもありますけど、そちらに変更しますか?」

「あっちはゴブリンの王国だろ」


 大陸を東西に分断するこの山脈の地下には、特殊なゴブリンが住まう王国があったという。

 太古の昔、アルバスの手先として人類と戦った小鬼の王国だ。

 戦争の結果は現代に伝わる通り人類側の勝利。

 火種の中でゴブリンの王は亡くなり、王国も廃れた。


「ゴブリン相手ならまだしも、大人くらい大きなヒルやら、遠くから超音波を打ってくる陰湿コウモリの生息する洞窟は通りたくない」

「私もです」


 というわけで、普通に山脈を渡っていく。

 はるか昔からゴブリンが地下を支配していたこともあり、山の斜面側はそこそこ整備された道がある。

 わざわざ地下を行く理由はない。


(ん?)


 ふと違和感を覚えて足を止めた。


「わぷ。師匠? 急に止まってどうしたの?」

「誰かいる。そしてどさくさに紛れて抱きつくな」


 進行方向に意識を向ければ、少し先に、こちらへ向かって何ともわからぬ者が、茂みを揺らして走ってくるのがわかった。

 走る速度はかなり早い。

 このまま行けば、ほどなく合流するだろう。


「なんだってこんな山奥に……変人だね」

「みんな思ってるよ、ササリスにだけは言われたくないって」

「え?」


 しかしなんだって彼らはこんな霧の深い山脈でランニングをしているのだろうか。

 トレーニングの一環なのだろうか。

 確かに肺活量が鍛えられそうな場所ではある。


「お、おーい! 誰かいるのか!? 助けてくれ!」


 やべえ、見つかった。

 こっちの声が聞こえたのか?

 とんでもなく耳がいい奴がいるな。


「どうするんだい? 師匠」

「とりあえず、敵の姿を探るか」

「探るって、こんなに霧が深いと相手の顔なんてわかりやしないだろう?」

「俺の魔法はなんだったよ」


 自然現象など、文字魔法の前では無力だ。


「【払霧】」


 発動した文字を中心に、円が広がるように霧が晴れていく。


「な、なんだ⁉ 急に霧が晴れて……あそこに人が……っ⁉」

「待て! あれも敵じゃないか⁉ ヤバいオーラ放ってるぞ⁉」

「冒険者としての俺の直感が告げている、近づくのは危険だ! あれは邪神か魔王に違いない!」


 人間だよ。

 と思ったけど、人間は俺だけだったか。

 両脇のは金の亡者と牛鬼の器だもんな。


「とくに真ん中の奴! あいつが段違いにやべえ!」


 おいこら真ん中の奴ってどいつだ。

 もう一回言ってみろ。


「くそ! 行くも地獄、引くも地獄だぞ! どうする⁉」

「前も後ろも無いなら、横しかないだろ!」

「正気か⁉ この急斜面を飛び降りるのか⁉」

「やるしかねえんだよ! これが一番生存確率が高い!」


 三人組は死地と見極めた戦場へ赴く歴戦の兵士のように真剣な表情で、急斜面をものすごい勢いで駆け抜けていった。

 よかった、とりあえず命に別状はなさそうで何よりだ。


「ふふん、師匠の威光に恐れおののくがいいよ」

「なんでササリスがドヤ顔なんだよ」

「妻として鼻が高い」


 嘘をついて鼻が伸びるだと?

 お前、ピノッキオだったのか。

 キツツキに叩かれちまえ。


 ――前方からマズルフラッシュが光ると同時に背後から銃声が聞こえた。

 間を置かずに、空中で金属同士が勢いよく衝突する音が響き渡る。


「二人とも、前見て」


 あ、ヒアモリの声かわいい。


「なによあの気持ち悪い集団。骨が骨を動かしてるよ」


 ヒアモリが注目を促し、ササリスが視線を向けた先。

 そこにいたのは骸骨の魔物だった。


 骨だけになったオオカミのような骨格の四本足の魔物を、人型の骸骨が駆っている。


 どうやら先ほどの三人組は、この骸骨の魔物から逃げていたらしい。


「スケルトンライダーだ。気を付けろ、体のどこかにある魔核を破壊しない限り動き続けるぞ」


 妙だな。

 やつらに銃器を発明する知能は無い。

 いったいどこで銃火器を手に入れたんだ。


「魔核……? ああ、見つけました」


 ――銃声が響くたび、前方の骸骨集団が粉砕されていく。


「殲滅完了」


 ヒアモリ、仕事はえええ。


(え、ちょっと待って。これだけ距離が離れてるのにハンドガンだけで仕留めたのか? しかも魔核を見極めて、狙い撃ち?)


 精密射撃にもほどがあるだろ。


「大丈夫。スケルトンは生物に分類されませんから」


 ヒアモリが俺の視線に気づいてほほ笑んだ。

 かわいい。

 かわいいけど、気になってるのはそこじゃないんだよなぁ。

 許すけども。

 改めて強力な仲間ができたと実感する。


「それより、気になることがあるのです」


 ヒアモリはハンドガンをレッグホルスターにしまうと、とてとてと岩場を身軽に駆け抜けていく。

 たぶん属性空の身体強化でも使っているんだと思う。

 彼女の跡を追いかけるように、俺たちも山脈を北上する。


「どうした。何があった」


 ヒアモリは狙撃したスケルトンライダーたちの亡骸のそばで膝立ちしていた。

 銃器を抱えて、真剣な表情で。


 だから、気づいた。


「その猟銃、スケルトンライダーたちが使っていたものか?」


 彼女が抱える猟銃は、彼女が持っていたものとは別物だ。

 ヒアモリの愛銃は、彼女がきちんと持ち運びしている。

 だから、別物だとわかる。


 それでもわざわざ言葉にして聞いたのは、彼女の猟銃と、スケルトンライダーたちが使っていた猟銃があまりにも酷似しているからだ。


「より正確に表現するなら、この猟銃は」


 ヒアモリの声が、わずかに震えていた。

 その理由には、なんとなく察しがついた。


「私の故郷に伝わる、伝統的な猟銃です」


 彼女の故郷は、どうなっているのか。

 少なくとも、いい予感はしなかった。

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