第5話 別れ×出会い×従者

 牛鬼の封じ込めに成功したぞー!

 うおぉぉぉぉ!

 最強は俺だぁぁぁぁ!


「うっ、ここは……私はいったい」


 くらくらと頭を揺らし、ヒアモリが立ち上がる。

 彼女はしばらく頭に手を当て、頭痛と向き合っていた。

 そのまま、左右に視線を向けて、俺と目が合う。


「あなたはっ!」


 ヒアモリの手がレッグホルスターへと伸びて、空を切った。

 奥歯を噛みしめて、悔しそうに歯ぎしりの音を立てる。


(あ、拳銃抜こうとしたな。まあ回収済みなんですけどね)


 キッときつい視線を俺へと向けたヒアモリ。

 だがしかし、彼女の顔に浮かんだ剣吞な雰囲気は、ほどなくして鳴りを潜めた。


 一番驚いていたのはヒアモリ自身だ。


「嘘……私、人と、ちゃんと向き合えてる。牛鬼は? 牛鬼はどう、なっ」


 幼いころに村を追い出されてから、彼女はずっと、その小さな体に凶暴な鬼を抑え込み続けていた。

 期待する反面、半面、猜疑心。

 知りたいという欲望と、知らないという平穏。

 どちらを取るか悩んでいる様子が、手に取るようにわかった。


「牛鬼をどうするか。それを選ぶのは貴様だ」

「私?」


 彼女の疑問に「そうだ」と返し、俺は一見何もない空間を指さした。

 そこに、牛鬼の核が拘束されている。


「牛鬼を葬ることは可能だ、すべての思いを踏みにじれば」


 牛鬼は人から人へと乗り移る度、それまでの器の記憶を次の器へと継承させる。


(記憶の引継ぎが完了している以上、いまから牛鬼を討伐しても、ヒアモリから過去の牛鬼の器が消え去ることはない)


 だが、そこに宿る、思いは別だ。


「貴様が目の敵にしているその鬼には、過去に牛鬼の器となったものたちの残留思念が宿っている」

「お父さんの?」


 俺はここまで、牛鬼の知識はひけらかしても、ヒアモリの過去は暴いていない。

 牛鬼については「別固体がいる」とか、「牛鬼の器だった先祖の末裔だ」とかいろいろ言い訳を作れるけど、彼女の過去は本来知り得ないからな。


 だから、まあ、ヒアモリが父親とどういう別れ方をしたかは知っているのだけれど、あえて「最初から知っていた」風を装ってみる。


(だってダサいじゃん、ここで「それは初耳だ」みたいなリアクション取るの)


 すべてお見通しだ。

 そんな風に寡黙を繕ってこそダークヒーローだ。


 ――銃弾一発一発には、命の重みが込められていることを、忘れてはいけない。


 かわいい。

 このかわいい声は、ヒアモリ!

 決まったか? 覚悟が。


「お父さんが、言っていたんです。奪った命のことを、決して忘れるなって。当時はわからなかった。でも、いまは、よく、わかる」


 もう、言葉は必要ないな。


「答えは、決まっていたんです、ずっと昔から、きっと」


 弧を描いて渡した拳銃を受け取ったヒアモリが、素早く撃鉄を起こす。

 両手で構え、俺が指示した虚空へと銃口を向ける。


「お父さん」


 引き金を引くときの呼吸は、一度まで。

 二度目を行えば、ためらいが生まれる。


 だからヒアモリはぐっと息を止め、銃口を電磁場へと向け、命の重さの引き金に指を掛けて、


「愛して――」

「ふざけんじゃないよ」


 魔力も何も込められていない張り手が、ヒアモリへと襲い掛かった。


 乾いた音が響く。


(うわぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ⁉ ササリス⁉ なにしてんの⁉)


 ササリスいまどこに怒ったの?

 ちょっと最近、彼女のことが何もわからない。

 なにを考えてるのかも、どこに地雷があるのかも……いや待てよ。

 最近じゃなかったな。

 割と初期からササリスは謎だったわ。


「黙って聞いてたら、あんた、あの鬼とのつながりが、父親との最後の繋がりなんだろ? それを、どうして、簡単に切り捨てられるんだい」


 ……いや、そうでもなかったな。

 ササリスについて、最初からわかっていることもある。


「あたしは父親の顔を知らない。だけど、たった一人の家族、母のためなら、なんだってやる。家族の絆ってのは、引き金一つで失っていいものじゃないんだ」


 彼女が、生粋の、母親大好きっこということだ。

 いまも昔も、それは変わらない。

 反抗期を迎えることなく、彼女はずっと、実母のことを慕っている。


 あとついでに俺の母さまのことも実の母のように慕っている。

 あれ、どうにかなりませんかねぇ、神様。

 本当に、お願いしますよ。


「一度、頭を冷やしな。感情的に動いていいのは、誰かを助けたいと思った時だけなんだよ」


 どの口が言うか!

 普段後先考えずにその場のノリで行動してるくせに!


「私、だって」


 尖らせた口を震わせて、涙交じりにヒアモリが言う。


「離れたくないよ、お父さんとずっと一緒にいたい。だけど、私がわがままを言ったら、みんな不幸になるから、だから! だから」


 言葉にしなければいけないのに、言葉にならない。

 そんな様子で、口を開いては閉じてを繰り返す。


「あたしらが、一度でも、あんたと出会って不幸だとでも口にしたかい?」


 ため息交じりにササリスが言った。


「ほかの奴らがどうかは知らないけど、覚えておきな。あんた一人が周りの幸不幸を決めるなんておこがましいってことをね」


 ヒアモリの瞳にハイライトが入った。


「……いいの?」


 ヒアモリの瞳が揺れている。

 涙を瞳に溜めている。


「牛鬼の器の私でも、人と関わりたいって思っても、いいの?」

「ね、いいでしょ? 師匠」


 はぁ、しょうがねえな。

 うまい感じに勧誘してくれたササリスと、父親思いのヒアモリに免じて、ちょっとだけ全力出してやるか。


「【従魔】」


 牛鬼は妖怪だが、幅広く言えば魔物の一種だ。

 だから、魔を従える文字魔法でテイムが可能、なはずである。


「好きにしろ」


「にひぃ、彼、あれで照れ屋さんなの、結構かわいいところあるでしょ?」

「あ、はい。あの、その、好き、なんですか?」

「えへへー、わかるぅ? わかっちゃうかー、わかっちゃうよねぇ、よっぽどの鈍感じゃなければ」


 おいこらそこ聞こえてんだよ。

 誰が鈍感だ。

 究極マイペースに言われたくねえよ。


「だから、好きになっちゃダメだよ?」

「は、はい! あの、私、応援します!」


 おい、待てヒアモリ!

 お前はいま、ぽんこつへの道を歩み始めている!

 その先に待ってるのは底の無い泥沼だ!

 止まれ! そいつの後を追いかけてはいけない!


「するな」

「え、でも」

「余計なことはするな、いいな」

「でも」

「俺とササリスはそういう仲にはならない。いいな?」


 ヒアモリは顎に手を当てて少し考えて、やがてぽんと手を叩いた。


「ああ! 照れ隠し!」


 純度100パーセントの本心だよッ‼

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