第4話 牛鬼×黒烏×電磁場

「あばばばば」


 ササリスが、壊れた。


「いったーい、何? どうなってるの?」


 ヒアモリを拘束していた糸を断ち、片目を細めて苦痛の表情を浮かべる。


 それと同時に、ヒアモリは俺たちから距離を取るようにバックステップを踏んだ。

 つい数秒前までは存在していた、動作のぎこちなさが消えている。


 より正確に言うならば、まるで武術の達人のように洗練された動きだった。

 首で電気信号を遮断されて、本来であれば指一本動かせない状態であるはずなのにもかかわらずである。


(いまの、ササリスの糸を辿るようにさかのぼったスパークはもしかして)


 俺は見た。

 ササリスが魔力糸でヒアモリを拘束してほどなくして、二人をつなぐ糸から火花が散っていた。


 ササリスは水属性だ。

 火花を散らすような魔法は使えない。

 消去法で、スパークを散らした人物が誰かなんて、答えは明白だ。


「あはァ」


 背筋がぞっとするような、妖艶な笑みを浮かべるヒアモリ。

 彼女の頭髪が羽ばたくように広がった。

 触手のようにうねるそれらに紛れて、こめかみから四肢に向けて、雷光のような筋が伸びている。

 パチパチという音を立てて、青い火花を周囲にまき散らしている。


(牛鬼だ。牛鬼が、脊髄を通さず、体の外側から電気信号を筋肉に送り、ヒアモリの体を操っているんだ)


 言葉にするならラジコンがわかりやすいだろうか。

 ヒアモリという女性の体を脊髄前角せきずいぜんかくを通さずに、空気中に充満させた電磁波によって操作している。


(ササリスの糸を辿った牛鬼がやったのは、たぶん、痛覚への刺激)


 そして、痛覚への刺激が可能であるならばおそらく、五感情報への干渉が自由自在であるということだ。


「あばばばば⁉ あはァ、師匠がいっぱいだー」


 言ってるそばから視覚情報を乗っ取られてんじゃねえよ。


「フラグ回収が早すぎんだよ」

「あだっ? あれ、師匠?」


 ササリスに向けて【復調】の文字魔法を放つ。


 彼女はほんの少しだけ顎に手を当てて何かを考えた。


「……閃いた!」

「飛び込むな」


 おいこらいま何を思いついた。

 何を実行しようとした。

 怒らないから正直に言ってみろ。


 うんうん。わざと敵の術中にはまりにいった?

 ザァけんじゃねェよぶちギレるぞゴルァ。


「師匠、考えたんだけど」


 神妙な面をしていた。

 お? なんだ。

 この状態になった牛鬼を倒す方法でも思いついたか?


「牛鬼の能力をどうにか奪って、世界中の人間に師匠の素晴らしさを植え付けて回れば永遠の平和が」

「やめろ」


 どこのカルト宗教だ。

 偶像の神仏に成り下がるつもりなんざねえよ。

 実在する強大な壁として主人公の前に立ちはだかる。

 昔もいまも、俺の目的は変わらねえ。


「おっと」


 ササリスの茶番に付き合っていたら、ヒアモリから目にも止まらぬ速度の拳が振り抜かれた。

 牛鬼の電磁波に身体を操作されての動きだ。

 普通に考えれば、ヒアモリみたいな、華奢な体の持ち主に耐えられる動作ではない。

 だが彼女は嬉々とした様子で、俺たちへと襲い掛かった。


(痛覚信号を制御した? いや、違うな。ヒアモリの得意とする魔法は属性空。身体強化で、牛鬼の支配に対応しているんだ)


 対応できないわけではない。

 確かに彼女の動きは武術の達人に引けを取らない洗練されたものだが、当たったところで当身が軽い。

 ダメージ量自体は大きくない。


(それより、問題なのは、物理的攻撃に付随してやってくる、五感情報へのクラッキング攻撃)


 視界が遮断され、偽りの痛覚ダメージを負わされ、鳴りもしていない爆音に聴覚を苛まれる。


「めんどくせえな」

「し、師匠が押されてる?」

「あ?」


 俺が、押されている?


 そんなわけねえだろ!

 俺は最強のダークヒーローだ。

 シロウ以外の人間に後れを取ってなるものか!


 牛鬼程度のザコ、その気になればいつでも倒せらぁ!




「ひざまずけ」

「っ⁉」


 そして牛鬼が膝をついた。

 額をぐりぐりと地にこすりつけている。


「どうした牛鬼、その程度か。もっと俺を楽しませろ」

「ぐ、がぁっ!」


 ふはは!

 強キャラとして描かれた敵を蹂躙するのは気持ちがイイZOY!


「す、すごい、いったいどうやったの⁉」


 ササリスが目をきらっきらさせて聞いてきた。

 気になるか? 気になるよな。

 いいだろう、教えてやろう。


「まず、イサの文字で時間を停止した」

「相変わらずの理不尽っぷり」

「褒めるなよ」

「え?」


 え?

 なんで疑問形?


 よくわからないな、ササリスは。

 続き説明するぞ?


「停止した時間で、俺はさらに二つの文字を書いた。つまり、【磁場】と【支配】だ」


 電磁波とは、電場と磁場が相互に作用しながら空間を伝達する波のことである。

 つまり、電場か磁場のどちらかの制御権さえ掌握すれば、牛鬼をとらえることなど造作もない。


「牛鬼だけに作用する強力な疑似重力フィールドを構築した。地べたに這いずるお前と、見下ろす俺。この立ち位置がそのまま、俺と貴様の格の違いだ」


 思い知ったか。

 二度と逆らうな、餓鬼が。


「俺の故郷にはこんな言葉がある。『雉も鳴かずば撃たれまい』」

「あたしその言葉知らない」

「俺のカッコいいセリフに割り込んでくんな」


 締まらねえなぁ。


「俺の故郷にはこんな言葉がある。『雉も鳴かずば撃たれまい』」


 テイクツー。


「手を出す相手を間違えたな」


 お互いな……。

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