第3話 教示×凶事×矜持

 おしえてクロウ先生、牛鬼講座!


「牛鬼ってのは寄生虫みたいな妖怪のことだ。人に取り憑き、宿主に殺人衝動を抱かせる」

「へえ? 危険人物ってわけね。殺しておいた方がよさそう」

「お前の方がよっぽど危ないよ」


 殺人鬼を見つけて殺そうとかどういう発想だよ。

 ヒアモリが怖がってるだろ。

 せや、ヒステリックに喚かれる前に縄を猿ぐつわにして噛ませたろ。


「むぐぐっ!」

「とまあ、ここでササリスが牛鬼に取り憑かれた器を殺すとする」

「師匠も人のこと言えない鬼畜だよ」


 聞こえない。


「すると今度はササリスが牛鬼に取り憑かれる」


 要するに、生存戦略の一つだ。


 自分を殺す相手とはつまり、自分より強い相手だ。

 殺された相手に乗り移る。

 これを繰り返せば当然、宿主のスペックは世代交代するたびに強くなる。

 より強力な生物への憑依が可能となる。


「厄介だね」


 その通りだ。

 牛鬼は殺してはいけない。

 殺せばさらに強くなってしまう。

 やがて手に負えなくなる、凶悪な鬼なのだ。


「これじゃ金になりそうにないや」


 うんうん……ん?

 さては話がかみ合ってないな?

 珍しく真面目な顔してると思ったらまた金の話か。


「ところで師匠、どうして彼女が牛鬼に取り憑かれてるってわかったの?」


 牛鬼は鬼と付くが、宿主の頭部から角が生えるわけではない。

 見た目は憑依の前後で何も変わらない。


 人の目にはね。


「反射速度だ」

「どういうこと?」

「俺たちが文字魔法で距離を詰めた後、ササリスが不意打ち気味の攻撃をしかけただろ?」

「人聞きが悪い」

「え、自覚無しかよ」


 受け入れろ。


「だけど、彼女には通じなかった。その理由を説明しよう」


 ヒアモリがもごもご言ってる。かわいい。


「まず、人の目ってのは世界の色を認識するよな?」

「うん」

「色は目に見える光のこと。それはつまり、目に見えない光もあるってことだ」


 紫外線はお肌の天敵とか、赤外線センサーなんて言葉を聞いたことがあるかもしれないが、あれらも光の一種だ。

 つまり光は紫外線、可視光、赤外線の三つからなる概念と言い換えられる。

 図で表せば、光という大きな丸の中に可視光と呼ばれる、目に見える光が存在しているようなものだ。


「そして光は電磁波の一部。枠組みで言えば外側から順に電磁波、光、可視光なわけだ」

「師匠の話は時々難しい」

「だがもし、電磁波を色と同じように、直接脳内で処理できるとしたら?」

「うわ、話無理やり続けた」


 早い話がこういうことだ。


「牛鬼の宿主は目で見るよりも素早く、鮮明に、世界を捉えることができる」

「なるほどね、完璧に理解したわ」


 天然物のダニング=クルーガー効果だ。

 初めて見た。


「あの超反応も、この深い霧の中での精密射撃も、牛鬼の器ならではってことね」

「射撃の腕は彼女本来の力量だ」

「え?」

「電磁波は霧と相性が悪いんだ。この荒野は、牛鬼にとって最悪の土地とも言える」


 電磁波は霧の中で水滴にぶつかるたびに反射したり吸収されたりする。

 これだけの濃霧、あれだけの長距離、いくら電磁波が本体の牛鬼でも見分けがつくはずない。


 まして可視光でターゲットを追うなんてなおさら不可能なわけだけだが、これを成し遂げるのがヒアモリ。

 俺の予想が正しければ、彼女はわずかに届いた光から第六感を共振させ、直感で得物を追っている。

 真偽は不明。


「だから、こんな霧の深い場所で過ごしていた、そうだろ?」


 俺はヒアモリに噛ませていた縄を外し、声を自由に出せるようにした。


「……霧の中で牛鬼の支配が弱まることに気付いたのは偶然よ。私が牛鬼の器だからわかった、牛鬼の弱点の一つ」


 あー、声がかわいいー。

 癒されるぅ。


「どうして、あなたが知ってるの」


 ドスきかせようとしてるのにどうしても隠し切れない可愛さ。

 ヒアモリはかわいいなぁもう。

 よーし、お兄さん何でも答えちゃうぞ。


「お前はいま、こう考えている。この男は何者だ。どうしてここに現れた。そして」


 これがおそらく、殺人衝動を除いた、彼女の最大の関心。


「もしかしたらこの人なら、牛鬼の呪いから、私を解放してくれるかもしれない、と」

「なんでササリスが言うんだよ」


 それ俺のセリフだっただろ。

 俺がカッコいいシーンだっただろうが。

 この、セリフ泥棒!


「残念、だったね。普通の人なら、騙せてるんだろうな、その言葉」


 ヒアモリの指が、わずかに跳ねた。


(は? なんで、体を動かせて……だって、首筋に停止のルーン魔法を埋め込んで、延髄で電気信号を止めてて、指一本動かせるはずないだろ?)


 少なくとも、頭の中で考える限り、この論証に誤りはない。


「だけどさ、私の頭の中では、鬼が教えてくれるんだ。こいつは嘘をついている。信じれば裏切られる。心に深い傷を負うってさ。だから」


 だというのに、ヒアモリの体は延髄で電気信号をせき止められながら、何事もなかったように立ち上がる。


「この場で、殺せ。やられる前に……っ」

「はいそこまでー! 確保ー!」


 立ち上がった状態で、締め上げられた。

 ササリスの放った魔法糸にからめとられて。


(ササリス、お前さぁ)


 いまのはどう見てもヒアモリの底力演出シーンだっただろうが。


(ダークヒーローってのはなァ! 相手の覚醒シーンは黙って傍観するか、手を出した場合は返り討ちに会うのが上流の振舞いなんだよ!)


 わかってないわぁ、こいつ。

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