第22話 ナッツ×ルーン魔法×忘却

 ……朝焼けの匂いが強くなっていく。

 夢幻の世界が曖昧に溶けていく。


 ひどい夢を見た。

 夢でよかったと思った。


 意識が浮上する。

 水底から腕を引かれるように、光が近づいていく。


 そこに、人がいた。

 一人はササリス。

 彼女が眠りこけているのは問題無い。

 いや問題しかないけど、この際問題にしない。


 問題なのは、目の前にいる女性。


「シロウ?」


 目が覚めてみれば、どうしてこんなに近づかれるまで気づかなかったのかと思うほど、彼女の存在感は力強く、太陽のようなエネルギーを発している。


「ううん、シロウじゃない」


 ふと、違和感に気付いた。


 ここ連日、顔を隠すために被っていたフードが無い。

 彼女の瞳には、俺の、白銀の髪色と形、それから顔の輪郭が映っていた。


「あなたはいったい、誰なの」


 目の前に、朝日を背負って立つ女性。

 彼女の名前はナッツ。


 シロウの、幼馴染がそこにいた。


 あー、はいはい。

 なるほどね。

 完璧に理解したわ。


(やっべぇぇぇ⁉)


 どうしよう⁉

 完全に想定外なんだけど⁉

 俺の計画だとシロウがもっと実力をつけて、俺がルーン魔法だけだと互角の勝負を強いられて、そのときに初めてフードを取られて「お前は……っ⁉」ってやるつもりだったのに!

 こんなところで顔が割れる予定じゃなかったのに!

 どうしてくれるんだ!


(ガチのマジで、なんでここにいる⁉)


 シロウは⁉ いない⁉ ナッツ一人で行動してるの⁉ なんで⁉


(あ、やっべ、そういえば原作にもあった気がする……!)


 確か二次試験を合格して冒険者証を手に入れた後、シロウが起きるとナッツがいなくなってるんだ。

 それで、ナッツがいなかった理由は単に、眠れなくって散歩をしていたからだったはず。


(ナッツの散歩コースにたまたま被っちまったっていうのか!?)


 くそう、良縁結びのパワースポットじゃないのかよ!

 ナッツに素面割れしてどうしろって言うんだよ!

 本当にこの世界は俺に理不尽ばかりを押し付けてくるな!


「ギュラリュルゥゥゥゥウウアアアッ‼」


 ええい! 今度はなんだ!


「そんな、あれはまさか、リザードマンジェネラル⁉ どうしてこんなところに⁉」


 ナッツが叫んだ。ササリスは変わらず眠っている。

 危機感無い奴だな。


(でけえ)


 右手に盾を、左手に剣を持つ二足歩行のハ虫類。

 歴戦を制した傷跡の残る鱗の肌。

 縦にスリットの入ったどう猛な眼。

 遥か高みから俺たちを見下ろす巨大なリザードマン。

 その体長は軽く10メートルを超えていた。


(まあその分いい的だな。大きくなりすぎたことをあの世で後悔するんだな)


 スリサズを描こうとして、急いでガードを固めた。

 寝ている間も肌身離さず抱えていた日本刀の鞘を引き上げると、鉄ごしらえの鞘越しに鈍い衝撃が腕を伝った。


(こいつ、図体がでかいくせに、速いっ!)


 物理法則に従って、体は宙へとふわりと舞った。


「きゃぁっ⁉」


 俺を薙ぎ払ったリザードマンジェネラルが次にターゲティングしたのはナッツだった。

 寝ているササリスの優先度は低いらしい。


(待て待て待て!)


 お前それ死ぬだろ!

 ここでナッツが死体になりでもしてみろ。

 せっかく俺の前に立ちはだかり、精神面で大きく成長したシロウのメンタルがブレイクしちまう。

 それで世界が滅ぶかもしれないんだぞ⁉

 お前その責任とれるのか⁉


「チィッ」


 こういう、素早く文字起こしをしないといけない場面だとやはりルーン文字が便利だ。


イサ


 込めた意味は凍結。

 決して解けない氷の檻で永遠に眠れ。


「い、いまのはまさか、ルーン魔法!? ってことはまさかあなた、洞窟で会ったあの男!」


 ん?

 んん?


(あ!? 俺はナッツを見てナッツだってわかったけど、ナッツ視点だと俺と地下で出会った謎の男はイコールで繋がってなかったのか⁉)


 やっべえ、はやとちりした。

 てっきりバレてるものだと思ってた。


(まいっか。いまバレたし、一緒一緒)


 対処法も既に考えてるもんね。


「【忘却】」

「きゃぁあぁぁぁぁ!」


 俺の文字魔法が直撃した。

 ナッツの瞳からハイライトが消えて、糸の切れた操り人形のようにその場にへたり込む。


「おい、ササリス、移動するぞ」

「ん、んー、あと5分」

「のんきなこと言ってる場合か」


 ナッツが最後に悲鳴を上げたから、シロウはすぐに来るぞ。

 フードは潮風に飛ばされたのかどこかに行っちまったし、その前にここを立ち去りたい。


(……待てよ? 【忘却】の文字魔法をササリスに放てば解放されるのでは?)


 物は試しだな。

 よし。


「【忘却――ッ⁉ 避けただと⁉」


 こいつ、寝ながらなんて機敏な動きを見せるんだ!


 く、まだだ!

 もう一度【忘――


 げぇ⁉

 指を糸で絡めとられた!

 やっべ、文字書けない。


 あれ?

 ササリスってもしかして、ルーン使いの天敵?


「なあササリス、【忘却】はだな、ただの回復魔法だ。だから安心して食らってくれて構わないんだぜ?」


 もちろん嘘である。

 ……ダメだな、放してくれる気配がない。


 ――おーい! ナッツ⁉ 無事か⁉ どこだ⁉


(マズい、シロウがもうすぐそこまで!)


 急いで離れなければ。

 でも、指先を糸で絡めとられて、そのうえこの糸を伸ばしたササリスが寝ている状態でどうやって……ん?


 そうか。

 このまま走れば糸に引きずられてササリスが付いてくるわけか。

 全部解決じゃねえか。


「いだだだだっ⁉ はがれるっ⁉ 顔がはがれる⁉ なになになに⁉ 敵襲⁉」


 よし起きたな。走れササリス、脱兎のごとく。


 冒険者証は貰ったし、次は【アルカナス・アビス】を目指しつつアルバスの目論見をつぶす冒険の始まりだ。

 ルーンファンタジーの世界が俺を待ってる!




 二章 原作開始編 終了

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