第21話 合格×野望×星降る夜に

 冒険者試験の二次試験は無事終了したと言える。

 いろいろなことに目を瞑れば。


(あー、やっと洞窟から出れるー)


 やっぱり人間日光に浴びなきゃダメよダメダメ。

 こんな閉塞空間に最短でも半月閉じ込めるなんて鬼畜の所業だ。

 今年の試験監督は血も涙も笑顔もない鬼悪魔に違いない。


 さて、ようやく出口だー。


「お、ようやく一組目のご到着か」


 洞窟の入り口には試験監督が立っていて、洞窟から出る俺たちを待ち伏せていた。


「待て後ろの奴らはなんだ」


 後ろの奴らとは俺に擬態したドッペルスライムたちである。


「あたしの家族」

「なんだって⁉」

「間違えた。あたしたち・・の家族」

「たちっ⁉」


 おいこら。


「冗談だ。洞窟の中でテイムしたドッペルスライムたちだ」

「彼女は魔物使いだったのか。これほどの数を使役するとは、さぞ実力者だと見受けられる」

(ハズレ)


 彼は俺たちの首に下げた(誠に遺憾ながら)おそろいのペンダント、【セイレーンの泪】を見るとフッと笑みを浮かべた。


「真っ当に挑んだ場合の理論値だな、おつかれさん。お前らは合格だ」


 試験監督の言葉に、俺は悲しくなった。

 まっとうに挑んだ場合の理論値。

 それはつまり、満月の夜ということ。


(あぁぁぁぁあぁぁ! 日光を浴びたかったのに夜じゃねえか!)


 洞窟から出て日の光を浴びれると思っていたら、まさかの月光でした。

 チクショー‼


「はは、まあ元気出せって。ほら、これが冒険者証だ。失くしても再発行はしないから、紛失や盗難には気を付けろよ」


 試験監督は「ま、お前さんらには言うまでもないか」とドスの効いたにらみを向けながら付け加えた。


 このおっさん、さては”わか”ってるタイプだな?

 物語の敵キャラの強さを示すためには「こいつはやばい、俺の直感が告げているぜ」ってキャラが必要なのだ。


 そしてその持ち上げの実行者は実力が担保されているキャラだとなお望ましい。

 ちょうど難関と呼ばれる冒険者試験にすでに合格している試験監督なんか適任だ。


「なあお前さんら、ひとつ聞いていいか?」


 俺は言葉を返しはせずに、ただ立ち止まり、視線だけを試験監督へ向けた。

 聞くだけなら聞いてやる、答えるかは気分次第だ。

 そんなニュアンスを持たせてみた。


「なんで冒険者になろうと思った」


 おっさんが、息を呑んでつぶやいた。

 彼の額から、玉の汗が溢れては滴り落ちていく。


(いいなこの監督、演技力に光るものがあるよ)


 気に入った。

 いまの俺はちょっと機嫌がいいぞ。


「いや、やっぱりいい。余計な深入りだった、忘れてくれ」

「かまわん。好奇に魅せられ危険を冒す、それが冒険者の性だろう?」

「あ、ああ。そうだな、なんだ教えてくれるのか?」


 この試験監督、表情豊かだな。

 目に見えて困惑と警戒してやんの。

 見てるだけで楽しいぞ。

 愉快な御仁である。


「一つ忠告してやる。これから世界に訪れるのは、太古の昔に端を発する動乱の時代だ」


 試験監督は何を言っている、というでもなく、神妙な面で俺の話を傾聴していた。


「覚えておこう。それで、お前はその時代で何をなす。まさか、顔も知らないご先祖様のかたき討ちってわけでも、まして見知らぬ誰かを守るためってわけでもないだろう?」


 確かに違うな。

 顔を知ってる、実の生みの親に危害を加えたことへの復讐だからな。

 とはいえその本心を語るつもりはない。


(ここで俺に求められるダークヒーローとしての答えと言えば、そう!)


 俺だって生まれてから漠然と力を蓄え続けてきたわけじゃない。

 人から「悪のカリスマ」を感じ取ってもらえるヒーローの条件を必死に考えていたんだ。

 だからこの場の答えは、もう導き出している。


「わからないか? これから始まるのは、次代の覇者を決する天下分け目の大合戦」


 戦国の時代、あまたの武将が天下を獲らんとしのぎを削ったように、幕末、幕府軍と新政府軍が己の正義をかけて渦中に身を投げたように。

 次代を担う勝者と旧時代の敗者を決定する歴史の節目に立ち会ったのだ。


「天下の覇権は己が獲る」

「あれ、師匠の目的ってそんなのだっけ――」

「お前はもうちょっと黙ってろ」


 妙に静かだなと感心してたのに、一番大事なシーンでしゃしゃり出てくるんじゃないよ。

 仕切り直しだ。


「そのために、冒険者証が必要だったのか?」

「ああ」

「独善的だな」

「不満か?」

「いや、安心したよ。あんたらの腹の内が知れて」


 要約すれば、敵対しなければ危害を加えないと宣言したようなものだからな。


「そうだ、合格祝いに一つ教えてやろう」


 いくらか険の抜けた顔色で、試験監督が言った。


「この洞窟沿いにぐるっと半周いったところに、きれいな海岸線を眺望できるスポットがある。こういう星の綺麗な日は特におすすめだ」


 ふーん?

 別に観光地なんて興味ないんだけどな。

 まあこんな僻地までくることなんてなかなか無いだろうし寄ってもいいけど、そこまでしてみたいかといわれると微妙。


「なんでも悪縁を断ち、良縁に恵まれる。そんな噂があるらしいぞ」


 なんだって⁉

 それを早く言え!


 いくぞー!


 ついたー!


 神様お願いします!

 この疫病神 ササリスから解放してください!


「師匠ー! 待ってよー!」


 ダメっぽいですね。

 はぁ。


(そりゃまあ、俺だって、本気で期待してたわけなんかじゃないけど)


 ちょっとくらい夢を見せてくれてもいいじゃないか。


(はぁ、俺が目指してたダークヒーロー像への道のりは遠いな……)


 時計なんて無いけれど、気分的には深夜三時だし、大惨事って感じ。

 なんかもう疲れた。寝る。

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