第20話 【貝殻】×【湧水】×【涙】

 なんやかんやあってダンジョンに潜ってから15日近くが経過した。


 夜ごとに肥える夜空の月も今宵は満月。

 今夜は【マリンブルーの湧水】が手に入る日である。


「あ! あったよ師匠!」


 お、マジか!

 でかしたササリス!


「ほら、ドッペルスライム!」

「違うだろぉぉぉ! 違うだろッ!」


 これ以上集めてどうするつもりなんだよ。

 文字魔法以外鍛えてない俺を量産したところで仕方ないだろ。

 もうやめろよ。


「はぁ、【探知】」


 ササリスに頼ったのが間違いだった。

 俺は俺の力だけで見つけ出してみせるぞ。

 なぜならそっちの方が孤高っぽいから。


「見つけた」


 壁を隔てた向こう側だった。

 惜しいな、ニアピンだ。


 あ、待って。

 この壁の向こう側まで行くの結構面倒くさい。

 かなり引き返さないとたどり着けないじゃん。


 うーん、どうしたものか。


 待てよ?

 そういえばあったな、こういう時に使える文字魔法。

 初めて家を出て、スラム街に出たときに使ったやつ。

 つまり、【水平】と【擦抜すりぬける】だ。


「あっ」


 壁を擦り抜けた瞬間、ササリスの声が消えた。


 あ、ああ。そ、そっか。


(壁抜けしたら簡単にササリスまけたじゃんっ!)


 俺は、いったい、何を考えていたんだ!

 ドッペルスライム見つけて「おっ、いい代役いるじゃーん。今日からお前が影武者な」なんてやる必要なかっただろ!


 ドッペルスライムを俺に変身させたのが致命的なミス過ぎただろ。

 サクッと倒してたらササリスにスライム収集なんて特殊性癖が付与されることもなかったのに。

 おお、神よ。

 俺は何たる失敗をしてしまったのか。


「ま、いっか」


 シロウが膝を折るシーンと、臆病風に立ち向かう勇気あふれるシーンを見れたからな!

 それだけでもお釣りがくるってものよ!


 そう思ってないとやってらんない。


「さて、これが【マリンブルーの湧水】か」


 これと、ダンジョンに潜って初日に採集した【深瀬の貝殻】があれば二次試験のお題だった水中でも呼吸ができるようになるアクセサリ、【セイレーンの泪】がクラフトできるってわけですよ!


 えーと、どうやって作るんだっけ。

 確か、原作だとラーミアが作り方の手順を知ってたんだよな。

 なんて言ってたっけ。

 確かこんな感じ。


  ◇  ◇  ◇


「いいかシロウ、クラフトの命は素材の下処理だ。魔法に頼らず、手作業で素材と向き合う。それが品質のいい工芸品をつくるコツだぞ」


  ◇  ◇  ◇


 そうそう、そんな感じのこと言ってた。

 よーし。

 まずは【水平】と【擦抜すりぬける】を解除だな。

 次の一手も決まっている。


「【工芸】と【傑作】」


 いやいや手作業とか面倒でしょ。

 ウェブ小説、とりわけVRMMOジャンルだと自動クラフトはタブーというお約束があるらしいけど、そんなの知らね。

 この先どうせ使わなくなるペンダントにそんな時間割いてられないよ。


 よし出来た。

 目的の【セイレーンの泪】、完成だ。

 ここで完成品を【鑑定】してみましょう。


――――――――――――――――――――

【セイレーンの泪】※最高品質

――――――――――――――――――――

声を代償に足を手に入れた人魚が流した泪。

身に着ければ人魚の加護で、水中でも呼吸が

できるようになるペンダント。

――――――――――――――――――――


 ね? 最高品質を作るなんて簡単でしょう?


(……このまま引き返せばササリスをまけるのでは?)


「はいどーん」


 うわぁあぁあぁぁっ⁉

 あ、危ねえ⁉

 情けない声出すところだったんだが。


 なに? 急に壁が弾けたんですけど?


「師匠、みーつけた!」


 お前かぁ!


 ササリス、お前、水属性だから火属性魔法なんて使えないだろ!

 どうやっていま壁を爆発させた⁉


(え、水? 水圧? あれか? 超濃度に圧縮した水魔法をぶつけて圧力差で壁を粉砕した? そんなのありかよ)


 え、なにこいつ。

 拝金主義で愛が重くて人材活用に長けてて医術も修めている料理キャラでそのうえスライムフェチとかいう属性もりもりのくせに、さらに水属性も高度に修めてるの?


 化け物かよ。


(結果論だけど、壁抜けでまく選択しなくて正解だったな……)


 その方法でササリスから距離を取ってたら洞窟が穴だらけになって生き埋めになってたかもしれない。

 ドッペルスライムによる身代わりが最適解だったか。

 痛い出費だったけどしかたあるまい。


「へえ、それが【セイレーンの泪】? きれーい」


 そんなキラキラした目で見るなよ。

 宝石じゃないんだよ。

 売ったらそれなりの額にはなるけど、絶対ササリスが期待してるほどの額じゃないからな?

 勝手に期待して勝手に失望するなよ?


「あー、わかったよ。俺のやつくれてやるよ」

「本当⁉」


 ん?

 なんでこいつそんなに喜んでるんだ?


(ササリスって別に不器用じゃないよな? クラフトが苦手ってわけじゃないだろうし、時間さえあれば自分で作れるのに、そんなに早く外に出たかったのか?)


 そう言えば初日から言ってたな。

 こんなところで15日もいるなんて信じられないとか。

 だったらまあ、ササリスの喜びようもわからなくはないか。


「ありがとう! 師匠からのプレゼント、一生大事にするよ!」


「!?」


 ⁉


 違うだろぉぉぉ! 違うだろッ!

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