第19話 背中合わせ×反りが合わない

 シロウの放った紅蓮の炎がササリスへと迫った。


 ササリスが攻撃をよけようとバックステップを取った。

 だが、動けなかった。


「お前っ」

「逃がしはしない、ここでともに灼熱に身を焼かれてくれ」


 ラーミアだ。

 ササリスの指先から伸びる、魔力で編まれた糸。

 その先に絡められたラーミアが地面を踏み抜き、頑としてその場から動かなかった。


「冗談じゃないよッ」


 ササリスが舌打ちしながら、必要最低限、糸を伸ばした。

 後ろへ跳躍する分だけ伸びた糸は、ラーミアを縛る力を少しも弱めず、距離だけを稼ぐ。

 はずだった。


(おお、あれは俺がラーミアにやった、重心移動に合わせて仕掛ける小技! 進化している、この戦いの中で……!)


 ササリスが退いた分だけ、ラーミアはにじり寄った。

 だから糸が伸ばされた分だけ、拘束が緩んだ。

 逃げ出す隙が生じた。


 そしてその隙を逃すラーミアではない。

 刃物でも切れないササリスの魔力糸から、彼女は潜り抜けた。


 自由を取り返した彼女が最初に取った行動は、シロウをにらみつけることだ。


「なぜ戻ってきた!」


 洞窟は薄暗い。

 だから、爆熱の引いた後では、もう、シロウの表情はわからない。

 輪郭さえおぼろげだ。


 だけど、どうしてだろう。

 わかった。わかってしまったんだ。


「わからないよ、そんなの俺にも。いまだって怖くて膝が震えてる、けど」


 暗闇が生み出す暗幕の向こうでは、荒々しくも力強い、若い息吹が駆け巡っていた。


「だけど、これでラーミアとお別れになるかもしれないなんて、もっと嫌だ! ここで逃げたら、俺は一生後悔する!」


 その息吹の中心にいるのは間違いなく、先ほどまで戦力差に絶望を抱いていたシロウだ。


「一緒に帰ろう、ラーミア」

「シロウ……」


 彼の変容ぶりには、ラーミアも少し困惑気味だった。

 だけど、それは少しの間のことで、やがて彼女は笑った。


「ああ! 無論だ! 背中は預けるぞ、シロウ!」

「おう!」


 あぁぁぁ、お前ら最高かよ。

 こんなのCG不可避だろ。

 トキメキで俺の心臓が停止してしまう。


「一人増えたからなんだって言うんだい。互角にだってなりやしないよ」


 ササリスが魔力糸を伸ばそうとした。


「やめておけ」


 その予備動作を制止する。


「行くぞ」


 俺が踵を返せば、背後でササリスが俺とシロウたちを交互に見比べているのが分かった。

 あいつに視線を向けられると背筋が凍るように肌寒くなるからすぐにわかる。


「でも」


 ササリスは納得がいってないようだった。

 どうしてもラーミアの発言を訂正させたくて仕方がないらしい。


 はあ、しょうがないなあ。


(ササリス、よく聞けよ?)


 引き返し、ササリスの耳元で小さくつぶやいた。


(ラーミアが俺に謝ると、俺がラーミアと仲良くなるかもしれないぞ?)

(えッ⁉)

(いがみ合う理由がなくなっちまったらなあ、しょうがないよなあ)

「ま、待って!」


 はい勝利ぃ。

 ササリスの扱いなんざもうお手の物なんだよ。

 なにをどう言えばどう行動するか、すべてが俺の意のままだぜ。


(けどここで引けばどうなると思う? ラーミアはシロウと仲を深める。今後も、うまく立ち回れば俺の側へと寝返ることなく敵対関係のままいられる)

「む、むー!」

(さて、選んでいいぞ。おとなしく引いて小さな勝ちを手にするか、つまらない意地に拘泥して大敗のリスクを負うか)


 ササリスが強くかみしめてぐるぐる鳴いている。

 お前は獣か。


「わかったよ、引けばいいんでしょ、引けば」


 ようやくわかったか、それでいいんだよ。


「待てッ!」


 振り返りざまにササリスの糸が周囲の岩を巻き込みながらラーミアとシロウへ襲い掛かる。

 彼らの手足を雁字搦めに巻き上げて、その場に縫い、縛り上げる。


「見逃してやるって言ってんのよ。拾った命は大切にしな」


 殺してないな?

 ならよし。


「くっそぉぉぉぉ!」


 洞窟の暗闇に、シロウの慟哭が響き渡っていく。

 寄せては返していく波のような残響に揺られながら、俺たちはその場を後にした。


(どうしよう、このドッペルスライムたち)


 連れて帰るしかないかなぁ。

 率直に言って嫌だなぁ。

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