第18話 極めて×貴重で×希少な感情
「シロウ! この人の傷は治ったよ!」
あっ。
シロウの膝をつくシーンに見とれてる間にナッツがフェルトンくんの治療済ませちゃった。
まあいいか。
シロウに俺への偏見を抱かせられた以上、ここでのフェルトンくんの役目はおおよそ満了だ。
あとは生きながらえて死ぬか、この場で死ぬか。
ぶっちゃけどっちでもいい。
(ん?)
ザッと大地を踏みしめて、俺の前へと立ちはだかる人影がある。
「ラーミア?」
「シロウ、ここは私に任せろ。だからその人を安全な場所まで頼んだ」
ああぁぁぁ! 好き、ラーミア!
そう、それなんだよ!
(あの澄んだ瞳、覚悟を決めた騎士の勇気だ! くぅぅ、かっけぇぇぇ!)
彼我戦力の差は歴然。
彼女とて、戦って無事で済むとは思っていまい。
それでも、騎士には、恐れる自分を否定して、死線へと一歩踏み込まねば大切な人を守れない時がある。
その時に発露する、一握の無垢なる純情。
人はそれを勇気と呼ぶ。
「無茶だ、ラーミア!」
「かもしれないな。だが、まあ――」
シロウを庇うように、俺の前へと立ちはだかっていたラーミアが、口元に優しい笑みを浮かべて振り返り、シロウへと視線を送った。
「――時間稼ぎくらいはできる。その間に逃げろ」
それは一瞬の出来事だった。
ラーミアはすぐに視線を俺へと戻した。
「ウィンドカッター!」
ちょうどそのタイミングだ。
ナッツに回復してもらったフェルトンくんがササリスの糸へと魔法を飛ばし、シロウの拘束を解いた。
ササリスが本気を出していれば彼ごときの風魔法で切れるはずがない。
つまり彼女からすれば、シロウはわりとどうでもよかったわけだ。
「シロウ! 走って!」
「だけどッ!」
「少年! 彼女の覚悟を無駄にするな! 君は生きろ! それが彼女の思いに応えるということだ!」
「――ッ!」
現に、ナッツとフェルトンが必死にシロウを説得し、彼を連れて逃げ出そうとしているが、ササリスはそれを妨害する気配がない。
しいて関心があるとすればラーミアか。
やはりおっぱい。
おっぱいの重力には何人も逆らえないのか。
「我が名はラーミア・スケイラビリティ」
俺が足先をシロウの方へと向けると、そのわずかな動作を見てラーミアの眼差しが一層鋭くなった。
「これより死力を尽くして、貴様をここで食い止める!」
気迫が肌を刺す。
ビリビリと、指先から脳の芯まで震えるような武者震いが全身を駆け抜けていく。
やっべぇ。
ラーミアが好きすぎる。
こんなのかっこよすぎるだろ。
惚れるなって言うのが無理だ。
決めた。
ここは「貴様はここで殺すには惜しい」と言って立ち去るパターンで行こう。
特にリアクションの面でラーミアには序盤、中盤、終盤、隙なく立ち回ってもらいたいものである。
「フッ」
俺は目を細めながら視線を下に落とすと、血振りをして、日本刀を鞘に納めた。
「なっ、どういうつもりだ」
「貴様はここで殺すには惜しい」
「なんだと? 貴様は、あの男を殺そうとしていたんじゃないのか⁉」
「戦友を見捨てて逃げる臆病者どもに興味など無い」
静かに納刀を終えた俺は、ラーミアの瞳をじっとのぞき込んだ。
「貴様も、心の内では望んでいたのではないのか? あの黒髪の少年に『一緒に戦う』と言ってもらえることを」
ラーミアの瞳が緊縮した。
もとから鋭い瞳が、三白眼のような凄味を帯びた。
「貴様らが言う人の和など、しょせんその程度だ」
「黙れッ、外道が知った口を利くな!」
あらまあすごい嫌われよう。
騎士道精神あふれるラーミアに対して外道悪役ムーブを披露したら当然だよね。
ある意味おいしいポジションだな!
よーし、目的達成。
次に会うのはまたシロウが成長したあたりだな。
それまで達者でな!
「さっきから黙って聞いてれば、好き勝手言ってくれるね」
おーい、ササリスさん?
帰るって言ってるよね?
……言ってなかったわ。
いやそれくらい悟ってよ、何年一緒にいるの。
言葉にしなくても心で通じ合えるくらいの年月が経ってると思うの。
そろそろ引き上げよ? ね?
「ぐっ、なんだ、体の自由が、きかない」
「師匠が外道だ? ふざけるな。彼はあたしの恩人だ。あたしだけじゃない、彼がいったい、どれだけの人を救ってくれたと思ってる」
(うわぁぁあぁぁぁ⁉ 急に恥ずかしい話すんな!)
うごごごご、穴があったら入りたい。
あ、洞窟だったわここ、すでに穴の中だったわ。
いやそんなこと言ってる場合じゃないよ!
(このままだと後々こういう展開になっちゃうでしょ!)
◇ ◇ ◇
晴れて冒険者試験に合格したシロウ、ナッツ、ラーミアの三人はしかし、顔色が優れなかった。
「あいつ」
重苦しい空気を裂いて口を開いたのはシロウだった。
「地下であったあいつ、何者だったんだろう」
「それはもちろんとびっきりの悪党よ! ね、ラーミアもそう思うよね!」
ナッツがぷんぷんと効果音をかき鳴らしながらラーミアへと声をかけた。
だが、ラーミアはしばらく言葉を返さなかった。
どこか思い悩んだ様子だ。
「ラーミア?」
「わからないんだ。あいつが本当に、憎むべき外道だったのか。確かにあいつは、人を傷つけた。だが」
ラーミアの瞳が、左右に揺れる。
「もしかすると、理由があったのかもしれない」
「どうしてそう思うの? ラーミアは見逃してもらえたから?」
「それもあるが、それよりも大きな理由は、後から現れた女性の言葉だ。彼女は、多くの人があの男に救われたと言っていた」
ラーミアはよく見れば、少し憔悴していた。
冒険者試験中、ずっと思い悩んでいた。
それをひた隠しにし続けてきた。
「なあシロウ、ナッツ。我々は本当に、正しかったのだろうか」
本当に取り返しのつかない悪事に手を染めてしまったのは、誰だったのだろうか。
ラーミアの言葉に返せる者は、誰もいなかった。
◇ ◇ ◇
あかん!
(そういう実はいいやつ⁉ みたいな展開をやるには早すぎんだよ! もっと展開ペースを考えろ!)
そういうのは序盤「あー、こいつ絶対裏切りますわぁ」みたいなキャラが終盤「お前、最初から本心で話してたのか……ッ!」ってなるから感動的なんだよ!
こんな序盤で語っても、薄いんだよッ!
(やっべえ! ラーミアが本当なのか? って感じでこっち見てんだけど! どうしようどうしよう!)
ここから、どうやってラーミアからの印象を外道に修正すればいいんだ……ッ!
ササリスが俺にとって絶望的な壁過ぎて泣けてくる。
お前、俺よりダークヒーローやってね?
逆だろうが、絶対!
(逆?)
閃いた。
閃いたけど、できるのか?
いや、できるかどうかじゃねえ。
やるんだ。
理想の悪役へと至るために!
「貴様ぁぁぁぁッ!」
しゃおらぁ! ラーミアの逆鱗に触れてやったぜ!
(使い勝手のいい使い捨ての手駒だ、って感じに嘲笑を浮かべてみたけど、きちんと読み取ってくれるなんて!)
さすがラーミアだ!
俺の思惑通りに動いてくれる!
あ、でも待って!
ミシミシいってる!
ラーミアの骨折れちゃう!
お願いラーミア!
それ以上無茶しないで!
さぞかし名のある騎士と見受けたが、なぜそのように荒ぶるのか!
鎮まりたまえ!
「うぉぉおぉぉぉ!」
なっ⁉ この声、この気配は、まさか!
――真っ赤な灼熱が、視界一杯に広がった。
(この魔法は、
「ラーミアを、放せぇぇぇぇぇ!」
来たか! シロウ!
信じていたぞ! お前の勇気を!
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