第17話 悪役×同じ能力×格の違い

 紫電の雨が天井に向けてほとばしった。

 天へと上る電流の終着点はフードをかぶった謎の人物。

 無数の雷が、シロウたちの倒すべき相手を貫く。


「やったぁ!」


 喜びの声を上げたのはナッツだ。

 シロウたちの連携技の起点になったのは、彼女の閃光弾。

 その目くらまし性能と炸裂音で、続くラーミアの投擲を相手に悟らせないようにした。


「ああ、私たち三人、誰が欠けてもできない連携技だった。あの人を助けたい、その思いを共有し、心をひとつにできたからこその結果だ」


 すました顔をしながらもどこか満足げなのはラーミアだ。

 彼女の投擲した槍の穂先には、ゴム製のキャップがカバーとして付けられている。

 乱暴に扱っても外れないのに、いざという時は手首の返しひとつで簡単に外れる代物だ。

 これのおかげで普段はシロウの電撃魔法のターゲットから外れられていたのだが、今回のように敵に突き刺せば雷の落ちる地点としてロックオンに使うこともできる。


 これまでの戦いから相手の動きの先を読み、跳躍先に突き刺さるようにドンピシャのタイミングで放たれた槍は、ラーミアの思惑通りシロウのスリサズを必中にした。

 シロウの放った紫電の威力が、時間経過とともに減衰していく。


「無傷だと⁉ ありえない、空気中を自由に飛び回るほどの放電現象だったのだぞ⁉」


 最初に驚愕の声を上げたのはラーミアだった。


 俺の中でラーミアの評価が天井知らずに上がっていく。


「貴様は、つまらないな」


 胸躍る感情を押し殺し、無感情を装ってつぶやいた。

 もちろん、きちんとシロウたち三人に聞こえる程度の声量にすることは忘れない。


「なによそれ! シロウはすっごくすごいんだから!」

「ナッツの言う通りだ。貴様は確かに強者だが、ただ強いだけに過ぎん。シロウのルーン魔法は、人を守りたいという崇高な精神の象徴だ。貴様のような外道に屈しはしない」


 ああ、ダメだ。

 演じようにも、気分が高揚して、抑えられない。

 このままだと無駄にテンションが高いネタキャラ落ち待ったなしだ。

 それだけはダメだ。

 俺の悪徳の美学に反する。


 ここで俺の取るべき正解は?

 そう、口数の少ない、静かな怒りを燃やす悪役だ。

 これなら俺のいまの現状、激しく高ぶる感情を抑えようとする姿勢と、隠しきれない昂奮の二律背反を両立してくれるはず!


「フッ」

「何がおかしい」

「人を守るためのルーン魔法だと?」


 言葉は最小限に。

 思いは言葉の裏に隠せ。

 感情の昂ぶりだけを静かに表せ。


 数々の悪役が言葉より行動で示したように、俺もそうであれ!


(いくぞシロウ)


 指先を眼前へと構え、魔核を燃やす。

 胸骨きょうこつ鎖骨さこつ肩峰けんぽう上腕骨頭じょうわんこっとう上腕骨じょうわんこつ橈骨とうこつ手根骨しゅこんこつ中手骨ちゅうしゅこつ基節骨きせつこつ中節骨ちゅうせつこつ末節骨まっせつこつ

 骨を回路に膨大な魔力が溢れかえり、俺の指先を煌々と輝く淡い青色に染め上げる。


(手加減は抜きだ。俺と貴様の格の違いを、いま、この場で、身をもって痛感しやがれ!)


 そして乗り越えて見せろ、証明してみせろ。

 貴様こそが唯一無二の主人公であることを!


「その魔法は!」


 俺の指先が描いたのはスリサズ

 くしくもシロウと同じ文字だ。


「ルーン、魔法……っ」


(……いや、息を呑んでる場合じゃなくてさ)


 さっさと回避行動とれよ。


(魔力回路産のルーン魔法は文字形態で長時間維持できねえんだよ! 打つぞ⁉ 打つからな! ちゃんと避けろよ⁉ 信じるぞ⁉)


 これシロウ視点でも「こいつ、なかなか魔法放たないな」とか思ってるのかな?

 気まずい。

 超絶気まずい。


 よし、決めた。

 打つぞ。打つからな。

 きちんと避けろよ?

 フリじゃないからな?


 せー、のっ。どーん!


「シロウ!」


 とっさに機転を働かせたのはラーミアだった。

 彼女の手首がしなり、ジャベリンの穂先につけられていたゴムカバーが外された。

 避雷針の役割を持った投槍を、ラーミアはとっさに、壁に向けて放った。


(おおおおお! ナイスだラーミア!)


 信じてた! 俺はお前を信じてたぞ!


 よしよし!

 俺のスリサズがラーミアのジャベリンに吸われて岩壁に襲い掛かるぞ!


(いやダメだ足りてねえ! ラーミアのジャベリン程度じゃ俺のスリサズの威力を反らしきれねえ!)


 このままだとシロウに、ぶ、ぶつかる!

 どうしよう。

 そうだ、イサで時間を止めて、ユルで雷の進行方向を変えて……いや、いまから一画書く間に雷はシロウを貫くぞ。

 いったい、どうすれば。


(ん?)


 時間の流れすら忘れるほど極限の集中を保っていたから、気づいた。

 あれ、これってさ。


(シロウに伸びてるこの細い糸ってもしかしなくても)


 見覚えがあるぞ、ものすごく、この上なく。


「うわぁぁぁぁぁっ⁉」


 シロウが苦痛に声をこぼした。

 ドップラー効果を乗せて、喜劇的に。


「シロウ!?」

「無事か⁉」


 ナッツとラーミアには彼が消滅して見えたかもしれない。

 だが俺は見逃さなかった。


 刃物ですら断ち切れない鋼線で、急激に引っ張られていく様と、それをなした人物を。


「……違う、あんたはクロウじゃない」


 ひどく聞き覚えのある声が、耳に届いた。

 この10年間、たぶん、聞かなかった日は無い。

 そんな(強制的な)懐かしさすら覚える声。


 暗闇に浮かぶ冷たい瞳の持ち主を、俺はよく知っている。


(うぉぉぉぉぉ! ナイスだササリス! よくやった!)


 俺はわかっていたぞ! お前はできる子だって!

 よくぞシロウを絶体絶命の危機から救ってくれた!

 感謝してもしきれねえ!


(いままでぞんざいにあつかってごめんな⁉)


 これからは待遇を改善するからな!

 本っ当に助かった!

 ありがとうササリス!


「なんだと⁉」


 ラーミアが驚愕の声を上げた。

 妙だな。

 理由はどうあれシロウが助かったんだ。

 喜び以外の感情が先に出るなんてあり得るのか?


「シロウ! 後ろ!」


 ナッツが叫んだ。


(後ろ?)


 彼女の声に従って、俺はシロウの背後、つまり、彼の首根っこを掴んでいるササリスのさらに後ろへと視線を向けた。


 俺の想定外だったのは、ササリスが単独行動をしていなかったこと。

 彼女の後ろには、謎の影が無数に引き連れられていた。


 というか、何匹もの俺を引き連れていた。

 ドッペルスライムだ。


(お、お前えええええ!)


 チクショウ! 道理で最近ドッペルスライムを見かけないなって思ったよ!

 洞窟内でドッペルスライム見かけ次第テイムして回ってやがったな⁉

 なんてことしてくれるんだ!


「そんな、やつ一人でも手に負えないのに、こんなにたくさんいるなんて……こんなの、どうやって勝てばいいんだ」


 シロウが膝を折ったから結果的にOK!

 よくやったぞササリス!

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