第16話 友情×努力×?

 再度鳴り響いた轟雷が止むころ、洞窟の向こう、シロウがやってきた側から足音が二つ迫っていた。


「シロウ! どうしたの急に!」


 一人は幼さの残るいでたちで、明るい髪色の女子だった。

 全身からほとばしるエネルギッシュな雰囲気は、言葉にするなら「動」だった。


「無事か⁉ なにがあった!」


 そしてもうひとりは――この下乳ロケットは――女騎士のラーミアに間違いない。

 あと声。声もラーミアだ。だから間違いない。


「ナッツ、ラーミア! 俺があいつの気を引き付ける! その間にあの人のケガの治療を!」


 つまるところ、シロウが一人飛び出して先行して俺とフェルトンくんの戦いに乱入し、ナッツとラーミアが遅れてきたのが現状である。


 役者はそろったな。

 これにて募集は締め切り。

 今後はいかなる人物の応募も受け付けないこととする。


「ひどいケガ! いま治しますね!」


 骨が飛び出たフェルトンくんの痛々しいボディに顔をしかめて、ナッツがフェルトンの方へと駆け出した。

 だから彼女の前方へ向けて、日本刀を振り下ろした。


「フッ」


 真一文字に振り下ろした剣は、彼女の頭部に向かって垂直に振り下ろされる。


 ――金属同士が火花を散らす音が、薄暗い洞窟に反響した。


「貴様の相手は私だ! 騎士の名にかけて、この先は通さない」


 すんでのところで割り込んだのはラーミアだった。


(くぅぅ! ラーミアの言動がちくいち満点パーフェクトすぎるんだよッ!)


 と、内心で彼女を称賛していると、目と目が合った。

 瞬間、彼女の瞳が張り裂けんほど大きく見開かれる。


「お前は……っ!」


 だから言い切る前に、盾を蹴り飛ばした。

 大きな盾は彼女自身の視界をも妨げる。

 日本刀という刃物に気を取られていたラーミアには、どうして自分が弾き飛ばされているかの理由すら見当がつかなかったはずだ。


(あー! ありがとうございますぅ! ね、いまラーミアの「お前は……っ!」いただきましたけどもね!)


 こんなんなんぼあってもいいですからね。


「くッ、しまった、ナッツ、危ない!」


 立ちはだかる敵を文字通り蹴散らした俺は、一直線に、フェルトンへと回復魔法をかけようとしているナッツへと向かって地を蹴った。

 ラーミアとの攻防の間にナッツが足で稼いだ数歩分の距離が、俺の一歩で無に帰っていく。


「うぉぉぉぉ! スリサズゥゥ!」


 その俺すら圧倒的に凌駕する速度で迫るのはシロウが放った雷のルーン魔法。

 緻密な制御の難しい雷光を、しかしシロウは巧みに操り、ナッツを避けて俺だけを狙い撃つ。


 三度目の雷鳴が轟く。


「チッ」


 避けざるを得ない、そんな雰囲気を醸し出しながら俺は宙へと身を投げた。

 俺の真下を紫電が駆け抜けていく。


 いいぞ! いいぞ! シロウ!

 頑張れ! 頑張れ! シロウ!

 いえーーい!


「いまだナッツ!」

「うん! キュア! それからヒール!」


 ナッツの回復魔法が、フェルトンくんの腕を癒していく。

 温かい光を懐かしく思いながら、俺は華麗なスーパーヒーロー着地。

 たとえ膝に悪くても、男にはやらねばならない時がある。

 それが俺にとってはいまだった。


「ラーミア! ナッツの回復魔法の時間を稼ぐぞ!」

「言われるまでもない!」


 下乳を揺らしながら、ラーミアが地面を蹴って肉薄する。その手に構えたランスの先をまっすぐ俺へと定め、一切の迷いなく突き出した。

 その穂先を、俺の日本刀がとらえ、火花を散らしながら威力を横方向へと反らし、ある一点で俺たちが武器に込める力が拮抗する。


「貴様、町で会ったな。あの男を傷つけたのは貴様か?」

「そうだ」

「くっ、この、外道がぁぁぁぁ!」


 バチバチと、裂帛の気合が俺の全身を突き抜けていく。

 心地いい闘気と怒りだ。

 やはり、逸材……!


「フッ」


 琴線に触れた何かに頬をほころばせながら、俺はわずかに、均衡点を俺側へとずらした。


「なっ⁉」


 ラーミアの重心がわずかにズレる。

 そのズレを、彼女は瞬時に修正した。

 考えてできる動作ではない。

 長年の鍛錬のたまものだ。

 彼女の努力が垣間見える。


 だから、御しやすい。


「クルセイダーが聞いてあきれる。騎士なら、たとえドブの中でも前のめりで倒れろ」


 前方へと飛び出した重心を引こうとしたラーミアに合わせて、再び刀身へと力を籠める。

 訳がわからないと瞳で訴えながら、ラーミアが後方の地面へと、背中から吸い寄せられていく。


「ぐっ、うぅぅぅ!」


 騎士のプライドにかけて、ラーミアはすんでのところで倒れるのをこらえた。


 だが姿勢は崩れた。

 すぐに体制は立て直されるだろうが、生じた隙は大きい。


 ラーミアとシロウの2枚ディフェンスのうち、ラーミア側を突き破り、俺はナッツへと迫った。


「ナッツゥ!」


 シロウが叫ぶ。


 背後からは何の魔力も感じない。

 ルーン魔法よりも先に声が出た。

 そんな気配を背中で感じ取る。


(どうするつもりだ、シロウ)


 ラーミアはいない。

 シロウのルーン魔法は間に合わない。

 俺の刃がナッツへと到達しようとしている。


「なめんじゃ、ないわよ!」


 フェルトンを回復していたはずのナッツが、何の前触れもなく振り返った。

 彼女の拳に、煌々ときらめく灼熱を掴んで。


(やっべ、この技ってもしかして!)


 炎属性の魔法の爆発力を、光エネルギーと音エネルギーに集約した目くらまし。


「フラッシュボム!」


 ですよねえええ!


(視界と聴覚がやられたか。まあいい、やつらは五感の中でも最弱)


 最弱が二つとは、こはいかに?

 まあいいや、最弱ってことにしておこう。


 だってほら。


(狙いは俺の感覚遮断と、その隙を突いたシロウのルーン魔法だな!)


 読めてんだよ、お前らの手札なんざ。

 皮膚感覚と直感さえあれば十分だ。

 狙いが透けて見えるぜ。


(この程度で俺の想定を上回ったつもりか、原作主人公シロウッ!)


 背後に感じる魔力が昂ぶっている。

 シロウのルーン魔法が紫電を放とうとしている。

 だからそのタイミングに合わせて跳躍して――跳躍した先に、鋭い何かが突き刺さった。


(なんだ、これは……槍? 違う、投槍ジャベリン⁉)


 そんな、ありえない。

 ラーミアがジャベリンを使うようになるのは冒険者試験が終わってからのはず。

 この時点では持ち込む理由なんて……!


(町で俺という得体のしれない受験生と出会ったから、装備を強化したのか⁉)


 くそ、想定外のことをしてくれる。

 さすがはラーミア、優等生だ。


(いやそれよりっ、このジャベリンの狙いは、シロウのスリサズによる紫電の避雷針ッ!)


 俺の真下に広がっていたはずの稲妻の嵐が、牙をむくように、一斉に俺へと襲い掛かる。

 眩んだ視覚越しに、シロウのルーン魔法の輝きを感じ取れる。


「クハッ」


 あまり熱くさせるなよ、シロウ。

 つい、全力を出したくなっちまうだろう?

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