第8話 First×Contact×Simulate

 試験の受験者同士で受験資格を奪い合わせる展開にありがちなのは、奪い返されないように守り通すことまでが試験という話だ。


 だがそれはあくまでストーリーの展開として奪い合いが強制されている場合の話。


 今回の一次試験で求められるのはチーミング能力。

 必要なのはこれからの試験をともに乗り越えられる受験生を見つけ出し、仲間になる力だ。

 他の受験生から受験票を奪うのは究極を言えば邪道で、本来ルールの抜け穴的な扱いだ。

 故に、守り通すことなどこの試験では求められていない。


「はい、ササリス様にクロウ様ですね。予選通過となります」


 密林の奥地で俺とササリスは予選監督から合格のお墨付きをもらった。

 この試験に締め切りはあっても、早抜けの禁止は無いのだ。


「なんか拍子抜けだね」

「まだ予選だからな」


 まあ、俺やササリスの実力なら最終試験まで含めて苦労するところなんて無いと思うけれど。


「珍しいね」

「あ?」

「師匠がうずうずしてるの。顔に出てるよ」


 自分の顔に手を当ててみるが口端が歪んでいるとは感じない。

 いつも通りの表情をしているはず。


 ここから明言できるのは、ササリスが俺の微表情を読んでいるという客観的事実。

 いよいよ限界オタクに近づいてきたな、怖い。


「そんなに楽しみだったんだ?」


 そりゃそうだろ。


(なんてったって、ようやく、念願かなってシロウと向き合えるんだからな!)


 楽しみだなー。

 初登場はどんなふうにしようかな。

 やっぱり王道のあのパターンか?


  ◇  ◇  ◇


 冒険者試験中、深い森でナッツはシロウやラーミアとはぐれてしまった。


「はぁ、はぁ……うっ」


 魔物から身を潜める彼女の足は、鋭い植物でぱっくり裂け、鮮血に染まっていた。


「ヒール。やっぱり、使えない。魔力が乱れてる」


 この森には魔力の流れを乱す植物や、そういった毒を持つハ虫類が多く存在していた。

 その毒にあてられたナッツは、得意とする魔術を使えず、立ち往生するしかなくなってしまった。


 だが、いつまでも息を潜めてもいられない。


(っ、あれは、ブラッディベア! もしかして、わたしの血の匂いをたどって来たの⁉)


 ブラッディベアは血の匂いに敏感でどう猛な魔物だ。


(魔法も使えないのに、どうすればいいの!?)


 ナッツはぎゅっと体に力を込めた。


「助けてよ……シロウ」


 と、ちょうどその時だ。


 ナッツの視界に、真っ赤に燃える爆熱が広がった。

 彼女目掛けて近寄ってきたブラッディベアは全身を灼熱に包まれて、跡形もなく消え去った。


 その魔法に、彼女は見覚えがあった。

 過去に一度だけ、見覚えがあった。


 ルーン魔法、ケナズ


 初めてシロウがルーン魔法を使った時も、いまと同じ焔が森を切り拓いたのを、彼女は忘れない。


「シロウ!? 助けに来てくれたの⁉」


 ナッツは魔法が放たれた方へと走った。

 だが彼女がそこにたどり着いたとき、もはや誰もいなかった。

 ただもぬけの殻だった。


「ナッツ! 無事か⁉」

「ケガをしているではないか! 待ってろ、いま応急手当てをする!」

「シロウ! ラーミアちゃん!」


 仲間と合流できたことに安堵の息をこぼして、ナッツはおとなしく手当を受けた。


「ねえ、シロウ。さっきまで向こうにいたよね?」

「いや、俺とラーミアはあっちから来たぞ」


 ナッツはケナズが飛んできた方を指さし、シロウは90度違う方向を指さした。


「だったら、さっきの魔法は、いったい誰が」


  ◇  ◇  ◇


 くぅ、主人公本人より先にヒロインがファーストコンタクトを取る展開はやっぱり定番だよな!


 主人公以外に、同じ能力者がいる⁉ って引きからの2Pカラー主人公はぐっとくるものがある。

 やはり選択肢から外せない。


(いやでもこういう展開も捨てがたいな)


  ◇  ◇  ◇


 予選を突破したシロウたちは、一次試験会場入り口で他の受験生を見回していた。


「すっげぇ。ここにいる人たちみんな冒険者試験を受ける人なんだ。うー、強そー!」

「そうだな。私から見てもここにいる者たちはみな一流の冒険者たちだ」

「ラーミアから見てもそうなんだ」

「ああ、たとえばあそこにいる、両手に鉄手甲てつてっこうをはめてるのは有名な体術使いだ。その一撃は金剛石すら砕き、守りに徹すれば砲弾すら受け流すという」


 ラーミアが視線を送った先にいたのは、ドレッドヘアーの武人然とした大男だ。

 シロウが彼女の評価を聞いて「確かに」と唸る。


「あっちにいるのは近年急激に勢力を拡大している新興剣術流派の師範代だ。なんでも雷を切ったこともあるそうだ」

「へえ、みんなすごいんだな」


 シロウは自らの胸の内で、抑えがたい衝動、うずうずが湧き上がるのを感じた。

 自分がいまから競う相手がすごい人だとわかって、武者震いせずにはいられなかった。


「ねえラーミア。ラーミアがこの中で一番強いと思う人って誰?」


 やっぱりドレッドヘアーの武人さんか、それとも雷を切った剣士さんなのかと問いかけてみた。


「そうだな、先に述べた二人も実力者だが、私が思うにこの中で最強は一人」


 ラーミアの視線の先にいるのは、フードを目深に被った性別不詳の人物。

 他の人と比べて存在感は希薄で、意識を集中しなければ、まばたきの間に見失ってしまいそうな人物だ。


「へんな格好」


 シロウは言いながら、何か嫌な気配を感じた。

 胸の奥がぞわぞわとおぞましさを感じ取っていた。


  ◇  ◇  ◇


 第一印象やべえやつ(近づかなければ大丈夫)から第二印象やべえやつ(戦う運命から逃れられない宿敵)に切り替わる瞬間ってのは乙なものだ。

 最初はわからなかった強さが目に見えてから、己の物差しの不確かさに憤りを感じるってのも王道パターンなのである。

 こちらも捨てがたい。


 どんな未来を選ぼうか。


(あー、夢がひろがりんぐ)


 ワックワクが止まらないよぉ。

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