第9話 悪×機×斬

 一次試験会場の入り口で、主人公とどんな風な初対面を飾ろうかなーと妄想を広げていると、気づいた。


(あれ、あそこにいるのって、もしかして)


 太い樹木が群生し、何ともわからぬツタが巻き付く、うっそうとした密林の木陰に、一人の男が立っていた。


 最初はただ単に、団体行動を推奨する一次予選だったのに一人でここまで来たんだなと違和感を覚えただけだった。


 だがあらためて、じっと注視してみると、俺は彼に見覚えがあることに気付いた。


(原作で中盤以降、アルバス復活の手下として描かれてた悪役キャラじゃねえか!)


 そういえばそうだった。

 強くてニューゲームしたときにも「お前こんな序盤から登場してたのか!」って衝撃を受けた覚えがある!

 いまのいままで忘れてたけど!


(うーん、いまはまだ何もしてないとはいえ、放っておくとアルバス復活を画策する俺の敵になるんだよな。災禍の芽は早いうちに摘んでしまおうか)


 いやでも理不尽か?


 発想を逆転させようか。


 理不尽だっていいじゃないか

 ダークヒーローだもの      くろを。


(そうだ! いいこと思いついた! 俺とシロウのファーストコンタクトはこれしかない!)


  ◇  ◇  ◇


 冒険者試験二次試験は初心者向けダンジョンで行われていた。

 実施内容はいたってシンプル。

 15日間のサバイバルだ。


 このダンジョンは初心者向けではあるが、生息する魔物は一癖ある難敵ぞろいだ。

 冒険者の命は保証されない。


 そんな中、命からがら逃亡を図る男がいた。


「はぁ、はぁ!」


 男は魔物から逃げているのだろうか。

 否、そうではない。

 彼が恐れているのは、もっと根源的な邪悪だ。


「うわぁぁぁぁ! 来るな!」


 振り返りざまにナイフを振り抜いた男の瞳が、驚愕に染まる。


(こいつ……たったの指二本で白刃取りを⁉)


 彼をゆっくりと追いつめていた影。

 それは紛れもない、人間だった。

 あるいは人の形をした邪悪と呼ぶべきか。


「チクショウ、なんなんだよ、なんなんだよお前! 俺に何の恨みがあるんだよ!」


 不気味な影が、ゆっくりと笑った。


「私怨は無い、いまはまだ。だが未来のために、お前にはここで死んでもらう」

「なんだよ、なんだよそれ!」


 男からナイフを巻き取るように動いた影が、彼の首元へと刃を突き付ける。

 あまりの理不尽に、怒りで頭が沸騰しそうだ。


「死ね」


 ナイフが男の首の皮を裂いた。

 それとまったく同じタイミングだ。


スリサズ!」


 紫電がほとばしり、男を執念深く責め立てていた影の手から、ナイフが零れ落ちた。

 雷の発生源を見れば、黒髪の、ボサボサ頭のツリ目少年が、鬼の形相で影をにらんでいる。


「その人から手を離せ!」


 男は影のすぐそばにいたから肌で感じられた。

 歓喜と、憤怒をぶちまけたような、激情。


「その魔法、そうか」


 あまりにも純粋で純情な邪悪が猛っている。


「くはは、いいだろう。少し遊んでやる。死ぬ気でかかってこい」


 死にたくなければな。

 影は最後にそう付け加えた。


  ◇  ◇  ◇


 かー!

 これ以外ありえませんわ!


(ルーン魔法を操るシロウに対し、素の身体能力だけ対応する俺。だが戦いの流れを変えるのはシロウの仲間たち!)


 俺はササリスを置いて一人で戦おうと思う。

 シロウといい勝負を演じるように。

 すると仲間の力を借りられるシロウが俺に対して優勢を掴むのは自然な流れ!


 そこに俺はこう言って立ちはだかるのだ。


  ◇  ◇  ◇


「効いたぞ、いまの一撃は。少しだけな」


 シロウが目を見開いた。


(ほとんど無傷⁉ そんな⁉ あの至近距離で会心のケナズ(爆炎)を受けたんだぞ⁉)


 しかし男はおろか、彼がまとっているフード付きのローブすら損傷はほぼ無い。


「強がり言っちゃって! シロウのルーン魔法はあんたみたいなやつには負けないんだから!」

 ナッツが威勢よく啖呵を切る。

「その通りだ。貴様が何をたくらんでいるかは知らぬが、人を守りたいという意思は、邪悪な思いに負けはしない!」

 騎士精神あふれるラーミアは人徳の力強さを説いている。


 だが、相対するフードの男の耳にはまるで届いていない。


「く、ははは、ふはははは!」

「何がおかしいのよ!」

「おかしいさ! 人を守るためのルーン魔法だと? 笑わせるなッ!」


 フードの男が手のひらを前へと掲げ、人差し指だけを突き立てた。

 その指先が淡く光り、その残光が宙に奇跡を描く。


「その魔法は!」


 いち早く気付いたのはシロウだ。


「みんな伏せろ!」


 一瞬の判断で回避を取った三人が下げた頭の上を、けたたましい雷鳴が突き抜けていく。


「い、いまの魔法って、まさか!」

「そんな、ありえない」


 ナッツとラーミアが驚愕の声を上げる。

 シロウは自らの心臓が、これまでにないほど激しく脈を乱しているのを自覚した。


「ルーン、魔法」


 轟く雷鳴が巻き起こした爆風に、男の銀髪が、フードの下で揺られている。


  ◇  ◇  ◇


 かー!

 さいっこうですわ!


(人を殺そうとしているという直感的な悪! それに対する友情という絆の力! しかしそれは努力量の不足に目を瞑った見せかけの勝利だった! 立ちはだかる相容れない強敵を前に主人公シロウはどう立ち向かう⁉)


 かー!

 さいっこうなんですわ!


 もうこれ以外ありえない!

 このファーストコンタクトを逃しかねない一切を悪手とここに定義づける!


(さしあたり、まず最初にやるのはこれだな)


 俺の右手が描く文字は【隠形】。

 初めて家を出てスラム街を歩いた時にも使った、他者から認識されなくなる認識干渉系の隠密魔法だ。


(とりあえず、二次試験が終わるまではひっそりと忍んでおくぞ)


 アイデンティティであるルーン魔法の領域を侵されて驚愕するシロウの顔が楽しみだぜ。

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