第3話 海×怒り×神

 船の先端で両手を広げるカップルがいたので突き落としたくなる衝動をこらえている。


「師匠、あたしもあれやりたい」

「そうか、目の届かないところに行くなよ」

「保護者視点じゃなくてッ!」


 タイタニックの無い世界で船の先端に行ってどうするんだよ。

 というかいま船首でイチャイチャしてるカップルの邪魔だろ。

 割り込もうとするなよ。


 かと言ってな。

 このままササリスと一緒にいるとことあるごとにわがままに付き合わされそうだ。

 どうにか別行動できんものか。


「そうだササリス、船酔いって知ってるか?」

「船酔い?」

「そうだ。視覚情報と平衡感覚に生じるズレで気分が悪くなる症状だ。この船の中にも困ってるやつがいるだろうさ」

「へー」


 あ、あれ?

 そこは「商売チャンスってことだね! 行ってくる!」ってところだろ?


「なるほど」


 なんか、嫌な予感する。


「いいこと思いついた! 行ってくる!」

「おい待てササリスいまどこ行こうとしてる」

「甲板!」

「目的は?」

「クラーケンを釣り上げる! 大波を引き起こす! あたし大勝利!」


 なんか行動に移すまでに時間が掛かるなと思ったらこいつ、患者を作る手段考えてやがった。

 ひどいマッチポンプを見た。


 あ、いや待てよ?


(もしクラーケンが釣れなかったらササリスを長時間放置できる。釣れた場合はクラーケンを単独撃破する謎の実力者を俺が演じられるのでは?)


 どっちに転んでも俺にメリットしかない。


「よし、期待してるぞササリス!」

「なんで急に手の平返したのさ」

「気のせいだろ」


 俺はいい笑顔でサムズアップ。

 ササリスを送り出した。


  ◇  ◇  ◇


 ということも忘れかけていたころ。


(ん?)


 不意に、前触れなく、天啓のごとく、俺のシックスセンスが発動した。

 慌ててデッキへと飛び出した。


 ほとんど同時の話だ。


 突如海面から、直径10メートルを優に超える水柱が天上目掛けて噴きあがった。

 それもひとつだけではない。


 両手で数えきれないほどの水柱が、この船を取り囲むように突き立てられている。


(っと、あぶねえ。思わず声が漏れるところだった)


 謎の人物は最初、風景に紛れるように描写されながらも、その異彩を殺しきれない風に登場する必要があるのだ。

 ただの乗客のように背景に紛れているが、第三者からすれば「こいつ絶対重要キャラだろ!」ってわかる感じに登場しなければいけないのだ。

 間違えても「なんだこれ」なんて声をこぼしてはいけない。

 それが許されるのは有象無象のモブだけだ。


「な、なんなんだよこれ!」

「キャー! この世の終わりよ!」

「ヤメロー! シニタクナーイ!」


 こんな風にね。

 特に三番目の奴は一流の二流に違いない。

 なんかもう、ダメなオーラがぷんぷん漂ってる。


(一般乗客がパニックに陥る中、一人上客用デッキから惑う人たちを見下ろす俺)


 くー! クールだぜ。

 これはオーラを殺しきれない謎の人物ですわ。


(さて、ところでマジでなんなんだろう、この現象)


 またササリスが何かやらかしたのだろうか。

 真っ先にササリスを疑うところと、頭に「また」が付いてるあたりに少しげんなりする。


(おっと、まだ増えるのか、水柱)


 俺が見ていた方向の中心の海が、ゆっくりと盛り上がる。


(大きいぞ。50メートルはあるか?)


 目の前の海面が持ち上がり、海を割るようにしてそいつは現れた。


「師匠! なんか変なの出た!」


 騒ぐササリスを一瞥し、俺は落ち着いた声で端的に返した。


「ササリスか」

「何そのキャラ付け」


 ちょっと黙って。

 シリアスがギャグになっちゃうでしょうが。


「じゃなくて! なんなのあいつ!」


 俺たちの前に現れたのは、二つの翼を広げた巨大な翼竜のような生物。

 背中には藍色のヒレが無数に飛び出していて、表皮は鱗とも羽毛とも区別のつかない特殊な素材に覆われている。


「やつの名は海神わだつみ。海を司る、神の中でも高位にあたる上位存在だ」

「神? そんなのがどうして、あたしらの前に」

「愚問だな」


 これはいわゆる、ダークヒーローのための演出というやつだ。

 古来、初登場のキャラに強キャラのインパクトを与える手法は、全員が共通して強キャラと認識しているキャラを一蹴することと相場が決まっている。


 この海神わだつみはつまるところ、俺の実力を証明するための贄!


(……なわけ無いよなぁ)


 いまのは究極的に俺に都合がいい解釈だ。

 冷静に考えれば真相は見えてくる。


海神わだつみは太古の昔から存在する神だ。それが現代まで生きているということは」

「わかった。こいつはアルバスを封印している存在の一人ってことだね? これはアルバスの仕業だね?」


 だいたいあってるけど、神様の数え方は柱な。


「大方、俺にけしかけて自分の封印を弱める算段だろうさ」

「じゃあどうするってんだい? このまま足止め食らって立ち往生かい?」

「もっとわかりやすい方法がある」


 誰に何をそそのかされたか知らないが、問題は海神わだつみが俺をアルバスの使者だと思い込んでいることだ。

 逆説的に言えば、俺がアルバスと敵対しているとわかれば誤解だと伝わるはずだ。


「師匠! 来るよ!」


 やつが大きく息を吸い込んだ。

 翼竜に近い見た目通り、彼は肺呼吸の生き物だ。

 だが、やつは長い年月海底深くで活動する。


 その肺活量がどれほどのものか、語るべくもない。


「きゃああああぁぁ!」

「なんだこれはぁぁ!」

「なんでもいい! 船に掴まれ! 振り落とされるぞぉぉぉ!」


 やつが息を吸うだけで空間が歪む。

 だがそれは、あくまで攻撃の予備動作。

 やつの一撃は、これからだ。


「【固定端】、【反射】ッ!」


 放たれたのは、大気を揺らす特大のブレス。

 衝撃波となって迫りくる空気の壁を、真逆の位相をもって相殺する。


(おおおおお⁉ ゴリって減った! 魔力がゴリっと減った!)


 そう何発も防げる攻撃じゃない。


(もう一回仕掛けてこい……!)


 果たして、俺の祈りが通じたのだろうか。


(来た、ブレスだ!)


 普通の跳躍では、やつのもとまでたどり着けないだろう。

 だがやつ自ら、俺を吸い寄せてくれるなら話は別だ。


「ササリス糸頼む!」

「ちょ、師匠⁉」


 言葉足らずだったが、何とか伝わった。

 ササリスに頼んだ意図は帰還用。

 いますぐに引っ張れというわけではなく、いいタイミングで引っ張れという意味だったのだが、俺の意図を組んだササリスはどこまでも糸を伸ばしてくれる。


 反則じみた海神わだつみの呼吸に合わせて、俺は宙空へと舞い踊る。


「からの、ユル


 ユルは方向転換を意味するルーン文字。

 これにより俺の体はブレスの軌道から上方向へとそれる。

 俺の挙動にあっけを取られた海神わだつみが慌てて首をもたげるが、一手遅い。


 炸裂しろ、俺の文字魔法!


「【感覚共有】」


 淡い青色の光が弾けて降り注ぐ。

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