第2話 チケット×多国籍企業×同衾

 結局、船のチケットは旅行会社で手配してもらうことにした。

 ポーカーでチケットを手に入れた少年が、船の上でヒロインと恋に落ちて略奪恋愛する物語を聞いたとたんにもうかんかんである。


 というわけで港町の旅行会社へとやってきたわけだけど……。


「お客様、当社ではただいまアンケートを実施しております。もしよろしければご協力いただけないでしょうか」


 俺ってそういうの声かけられるタイプのキャラじゃないと思うんだけどなぁ。

 断るか、立ち去るまで無言を貫くか。

 俺が究極の二択に悩んでいる間に、隣のササリスが答えた。


「いいわよ」

「ありがとうございます! ではこちらへどうぞ」

「ほら師匠、行くよ」


 ササリスは少し強引に俺の腕を引っ張った。


「ササリス? どういう風の吹き回しだよ。アンケートは答えてもお金にならないぞ」

「師匠はあたしをなんだとおもってるんだい」

「金の亡者」

「んぁ……っ」


 艶めかしい声を出すんじゃない。

 ダメだこいつ、早く何とかしないと。


「ま、ついてきてって。すぐにわかるから」


 なにが?


 と問いかけてもササリスは上機嫌なままで答えてくれない。

 ササリスには何が見えてるんだろうと疑問に思いながら、旅行会社の社員につれられてしばらく。

 俺はその旅行会社の社長室みたいなところに連れ込まれていた。


 なんで?


「本日はようこそおいでくださいました、クロウ様、ササリス様」

「調子はよさそうね」

「はい! これもすべてクロウ様とササリス様のおかげです!」


 いやお前誰だよ。


「いやお前誰だよって顔だね」

「人の表情を読むな」

「紹介するよ。彼女はイレイナ。この港町を管轄するイレギュラーズだよ」

「はじめましてクロウ様! イレギュラーズのイレイナと申します! 以後お見知りおきを」


 まさかの多国籍企業かよ。

 手広くやりすぎだろ。

 どうなってんだよササリスの手腕。


(2年でスラム街一つ征服したササリスなら大陸全土に下部組織を根付かせててもおかしくないぞ……)


 まじで恐ろしいわ、この女。


 というかイレイナって人の戸籍はどうしたんだろ?

 もともと戸籍があったけどスラムに落ちてきた人を任用したとかなのかな。

 ちょっと気になる。ちょっとだけだけど。


「それでササリス様! 本日はどういったご用件でしょうか!」

「船のチケットを用意してくれる? あたしとクロウ、二人分」

「承知いたしました! ただいまスイートルームを手配させていただきます!」


 しかもこの手懐けようよ。

 おいおい、俺のクーデター(される)計画はどこへ行った。

 ササリスに搾取されながらまるで敵意なんて無いぞ。


「なあ、その、イレイナ……さん?」

「イレイナとお呼びください! なんでしょうクロウ様!」


 うわ、ぐいぐい来る。

 こいつ絶対水属性だ。

 ササリスと同じ匂いがする。


「イレギュラーズってことは、この会社の利益もササリスに吸われてんのか? 嫌じゃないのか?」

「吸われてなどおりません! 貢がせていただいているのです!」


 あ、このひとあれだ。

 厄介オタクのタイプの人だ。


「そうか。イレギュラーズって、他にも企業を展開してるのか?」

「はい。私の知る限りですとホテルから鉄道会社、高級レストランから小売店まで、ありとあらゆる分野に進出しています!」


 おお! そうなのか!


(いいね! そいつらがササリスの支配に不満を持っていたら、クーデターはすごいことになるぞ!)


 この旅行会社は親ササリス派らしいけど、他の企業までササリスに懐いているとは限るまいて!


「そいつらはササリスを恨んでないか?」


 わくわく。


「いえ! 恨むなんてとんでもない! クロウ様とササリス様には我々命を救っていただいているのです。イレギュラーズたるものお二人に楯突くなど言語道断! 我々一同、クロウ様とササリス様の剣となり、盾となり、命を捧げる所存です!」

「そ、そうなのか」


 なにこの人怖い。


 ふ、俺を恐怖させるとは、なかなかやるな。


(というか、まずいなー。俺の知らないうちに世界が俺を中心に回り始めてる)


 だいたいこいつのせいだけど。


「はい、準備できました! こちら豪華客船のスイートルームのチケットになります! どうぞごゆっくりとお楽しみください!」


 ん?


「や、二室くれたらそれで……」

「確かに受け取ったわ」

「おいササリス」

「さ、師匠! 行くよ!」

「おいササリス!」

「師匠、師匠は仮にも一国の陰の支配者なんだよ? そんな人がただの客室に泊まってみな?」

「……ん?」


  ◇  ◇  ◇


 豪華客船の中を歩く人たちがいる。


「なあ、もしいきなり有名人に会っちゃったらどうする? 会っちゃうかもなー」

「本当は会いたくって仕方ないもんねー……ッ⁉」


 そんな平和な船内に、突如重圧が……!


「かっ、は⁉」

「何、この異様なプレッシャーは!」


 息の仕方さえ忘れる、濃密な威圧感。

 その正体は、一人の青年が放つ、形容しがたいオーラだった。


 誰も、その場を動けなかった。

 人は天災を前にあまりに非力だ。

 ただ嵐のような存在が通り抜けていくのを、祈ることしかできない。


「……っ!」


 それでも、どうにか、首から上だけをひねり、男の背中を追いかける。


 男は、何でもない客室へと入っていった。


  ◇  ◇  ◇


 う、うーん。

 締まらない。

 これ以上ないくらい締まらない。


 これ、絶対この後すぐに、

「なーんだ、気のせいか。すごいオーラだったけど、そんな人が安い部屋に泊まるわけないもんね!」

 とかなんとか言われるぞ。


 ダサい。

 すごくダサい。


 はあ、仕方ないか。


「やったー! 師匠と相部屋だー!」


 今回は、俺の負けにしといてやる!

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