原作開始
第1話 船×賭博×お約束
海霧に包まれた朝、大陸南部の街の近郊。
漁師たちが持ち帰った魚が競りにかけられている裏で、海から運ばれてくる潮風の香りにまぎれて、ひっそりと違法レートのギャンブルが行われていた。
「どうしたお嬢ちゃん。さっきまでと打って変わって手が伸びないな?」
「……言ってな」
酒気を帯びた酒場のテーブルについているのは4人のプレイヤー。
そのうちの一人はスラム街から成り上がった女性。
名前をササリスと言う。
彼女の顔はいつもとなんの変哲もない顔色だったが、だからこそ俺には、ササリスに余裕が無いことがわかった。
彼女は自分が優位な時は不敵に笑う。
笑えない状況をポーカーフェイスで誤魔化している。
そんなこと、10年近い付き合いの俺には手に取るようにわかった。
(ま、潮時だな。ササリスのイカサマは、相手のイカサマに太刀打ちできる代物じゃない)
ササリスがギャンブルを始めたのは1時間ほど前からだ。
最初のうちは順調だった。
指の関節14箇所。両手を合わせて28箇所。
そこにササリスは視認できないほど細い魔力糸を通し、トランプのカードにマークを付けていた。全52枚のカードの内28種類を把握して進められるギャンブルはササリスに度重なる勝利を与えた。
ちょうどそんな時だ。
対戦相手が「これだけ負けが込むと、どうやっても巻き返せない。レートを100倍にして、最後に1戦だけしてくれないか」と提案してきたのだ。
順調に勝ちを重ねてきたササリスはこれを快諾。
そして、追い込まれた。
◇ ◇ ◇
「ぐやじいぃ!」
結局、ササリスは負けた。
ギャンブルが終わったテーブルからササリスが帰ってきて、カウンター席でドライマティーニをあおる俺の隣でふてくされた。
「卑怯だ! あんなに向こうに運が傾いていたら、技量でカバーしきれない! ああ! あたしのお金、大金だったのに!」
「ササリスさ、本当に運で負けたと思ってるのか?」
「師匠はわかってるだろう? あたしはカードの位置を把握するイカサマをしてたんだ。それに勝てるとしたらよほど運がいいか、もしくは同じようにイカサマで……」
ササリスがハッと気づいた。
「もしかして、相手も」
「そう」
「でも、魔法を使った様子なんて」
わかってない。わかってないな。
「イカサマをするのに魔法なんていらないさ」
ササリスが抜けたところに別の客が入り、ササリスをカモにした詐欺師が次の試合に意識を割くのを確認して、俺はカウンターにあるカードデッキをカウンターにばらまいた。
「ゲーム終了時、テーブルにはカードが表向きで並んでいるだろ? そしてそれは、ディーラー役の彼が取り集めている」
「うん」
「そのときにな、ちょうどハイカードが4の倍数番目にくるように集めてるんだ」
たとえば4、5、8、Aと並んでいるときは左から順に集め、K、9、6、3と並んでいるときは右から集める。
すると並びは4、5、8、A、3、6、9、Kになる。
「あ、そうか。これを順番に配れば……」
「4番目にカードを配られる相手にはAとKが渡されるわけだ」
いくらササリスがカードの場所を把握していても、カードの所在自体を支配されては抗いようがない。
「でも待って。そのあとちゃんとカードの束はシャッフルされてたよ」
「本当にシャッフルされてたらな」
4の倍数番目にハイカードをまとめたデッキの束を、残りの無造作に集めたカードの束に合流させる際に1枚カードをずらして目印をつけておく。
「こうやってズラして目印をつけることをインジョグと呼ぶ」
「そっか。この目印をもとに、積み込みを崩さないようにカードを切ってるフリをすれば……」
「まんまと強力な手札を仕込めるってわけ」
ササリスが眼光を鋭くして押し黙った。
「ま、気づけなかったササリスが悪い。自分もイカサマしてたんだから、相手のイカサマばかり非難するなよ?」
「わかってる。けど、どうにも納得いかない! あたし、もう一回挑んでくる!」
「受けてくれないと思うぞ。一度ぼこぼこにした相手がもう一度挑んで来たら、イカサマを見抜かれたって警戒する。そうすればまず勝負自体が成り立たない」
「うー……というか、なんでギャンブルなのさ。船のチケットなんて金で買えばいいじゃないか」
ちっちっち。
わかってないなぁササリスは。
「知らないのか? 船のチケットはポーカーで手に入れるのがお約束なんだよ」
「知らないけど、そのお約束ってのはご利益でもあるのかい?」
「最後には船が氷山に衝突して、沈没する」
「ダメじゃん!?」
いやいや、船が沈没したらああいう演出ができるだろ。
◇ ◇ ◇
その日とある海の上に、数千人の人間がいた。
彼らの幸運は、ごく一部の人間しか乗船できない豪華客船に乗船できたこと。
そして彼らの最大の不幸は、絶対に沈まないと言われた船が座礁したことだ。
「きゃあぁっ! ロミオ!」
「ジュリエット! 捕まるんだ!」
救命ボートに乗り損ねた二人の男女が、極寒の海で壊れた船板にしがみついている。
だが舟板の浮力は、二人の体重を支えるには力不足過ぎた。
だから、ロミオは「愛してた……いや愛してる」と残し、船板から手を離した。
ジュリエットの頬を、特大の涙がぼろぼろと伝っていく。
だがそこへ、追い打ちをかけるようにさらなる不幸が襲い掛かる。
「ギュラリュルゥゥゥゥウウアアアッ‼」
「そんな、クラーケンまで……もう、おしまいよ」
ジュリエットが死を覚悟し、両目をぎゅっと瞑った。
だがいくら待てど、恐れていた痛みはやってこない。
代わりにわずかに鼻腔をくすぐるのは、生臭い、血の雨の香り。
「あ、あなたは?」
クラーケンがいたはずの場所に、一人の男が立っている。
いや、その男は一人ではなかった。
よくよくみれば、彼の腕に、もう一人男が抱きかかえられているのがわかる。
「ロ、ロミオ! ああ、よかった! あの、どなたか存じませんが助けてくださりありがとうございます! お名前をお伺いしても?」
「……ふん」
◇ ◇ ◇
そうして名前も言わずに立ち去る俺。
かっけー……!
「師匠、師匠!」
「ん?」
「やっぱり納得いかない。あいつら殺してきていい?」
「ダメ。お前もイカサマやってただろ。お相子だ」
「でも!」
はあ。
しゃあねえな。
(ちょうど1ゲーム終わるところみたいだな。かたき討ちくらいしてやるか)
ササリスの資金は冒険者試験会場への旅費でもあるのだ。
取られた分くらい取り返さないとな。
「ひと勝負お願いしよう」
「あん? 兄ちゃん金は?」
俺はササリスが失った額と同額をベットした。
「正気か?」
俺は何も語らず、ただ席に着き続けた。
「後悔すんなよ?」
その言葉、そっくりそのまま返すぜ。
(ふーん、イカサマの手順を変えてきたか)
これは多分、Aを一人に集めるイカサマだ。
トリックは単純。
最初にAだけを抜き取っておき、デッキの一番下に仕込ませておくのだ。
そして自分以外には山札の上から、自分のところには下から配る。
そうするとAがすべて自分の手札へとやってくるってわけだ。
(でもま、甘いな)
その程度のイカサマなら、どうとでも打ち砕ける。
「どうしたおっさん。顔が真っ青だぞ」
「る、るせえ。俺は1枚交換だ」
「そうかい。じゃ、俺は2枚」
カードを2枚すて、山札から新たに2枚補充する。
おっさんは明らかに挙動が不審だった。
俺の一挙手一投足を入念に注視している。
だがそれは、俺のイカサマを疑ってのことではない。
彼自身の不正がバレないかを危惧してのことだ。
「ぶた」
「ぶた」
隣の二人の手札は役無し。
つまり最弱だ。
そこまで来て、おっさんはようやく勝利を確信したかのように手札を開示した。
「Aのフォーカードだ! 悪いな小僧! がはは」
「ああ、そうだな。悪い」
俺は彼に続いて手札を晒す。
「ストレートフラッシュだ」
「なに⁉」
ストレートフラッシュはトランプのスート(ダイヤやスペードなど)がそろっていて、かつ数字が連番になってる手札だ。
役の強さで言えばロイヤルストレートフラッシュに次いで強く、Aのフォーカードが出ているこのゲームでは最も強い役になる。
「俺の勝ちだ」
「イ、イカサマだ! こんな土壇場で、ストレートフラッシュなんて出るわけがねえ!」
「イカサマ? イカサマってのは」
俺はおっさんが入れ替えたカードを表にして指摘する。
「この5枚のAを仕組んだおっさんのことか?」
「なっ⁉」
おっさんはフォーカード。
ただそれは手札を入れ替えた後の話。
「ち、違う! 5枚目のAは俺じゃない」
「おや? じゃあ4枚のAは自分で仕込んだってことか?」
「うぐっ!」
語るに落ちたな。
「金は貰っていくぞ」
もちろん、5枚目のAは俺のイカサマだ。
だが俺のストレートフラッシュの仕組みはもっと単純。
右手に仕込んだ文字魔法【豪運】を解除して、俺はその場を後にした。
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