第27話 決着×覚悟×新たな一歩

 青白く光る指先の描く軌跡はイサの文字。

 その文字の意味は氷・静寂・停止。


 そして――


「なるほどね、これが親父殿の見ていた景色か」


 親父が俺に見せた、ルーン魔法の極点だ。


「俺のルーン魔法もこの領域まで来てたってことか」


 クソガキの炎魔法にやられる程度の氷のつぶてを作るのが限界だった俺も成長したものだ。

 これまでの日々は決して無駄じゃなかった。

 今日この日、改めてそう感じた。


「おっと、あまり長くは持たなそうだな」


 さっさと終わらせてしまおう。

 この不毛な争いに打ち込もう。

 あまりにもあっけない終止符を。


「母さまは返してもらうぞ、アルバス」


 停止した時間の中で、俺はアルバスから母様を奪い返した。

 すべてが止まった世界では光子さえ停止する。

 故に世界は目に映らないけれど、関係ない。

 俺には文字魔法がある。


「【探知】」


 母さまの居場所は文字魔法が教えてくれた。

 それから、アルバスの弱点も。


「どうやって精神体で活動してるのかと思ったら、それが仕組みか」


 やつの体には肉も骨も無かった。

 だが一つ、ただ一つだけ、心当たりのある器官だけが存在している。

 それは俺がこの世界に来て、真っ先に探したもの。


 魔核だ。


 やつの体には、炎のように不定形なエネルギー源しか存在しなかった。


 母さまをやつの手から奪い返した後、俺はアルバスへと指先を向けた。

 光の届かない世界で俺の指先が、たった2文字の終わりを描く。


「【魔壊まかい】」


 そして世界は再び回り出す。


  ◇  ◇  ◇


「ぐあぁぁぁぁあぁぁっ⁉」


 配管に、断末魔のような悲鳴が轟いた。


「貴様、いったい何を、ボクの体に何をした!」


 魔壊まかいは、ササリスの母親に発症した病気の名前だ。

 魔力の流れを停滞させ、激しい神経痛を伴い、やがては体を壊死させる。


「精神体のお前にどれだけ効くか疑問だったが、抜群みたいだな。実体と感覚でもリンクしてるのか?」

「ぐあぁっ、クロウ……!」

「様を付けろよ? 腐れ外道」


 悶え苦しむアルバスの顔を踏みつける。

 もちろん、普通に踏みつけただけではすり抜ける。

 だから足には文字魔法で、【除霊】の文字を発動している。


 格付けはここに決した。


 そして、貴様の命運も。


「今度こそ、滅びろアルバス」


 俺は改めて指先へと魔力を込めた。

 時の流れ出した世界では、魔力の籠った指先は淡い青色に灯る。

 その指先が虚空に線を引いていく。


「くそがぁぁぁぁ! 殺す! 必ず殺すからな! クロウ! 貴様だけはボクの手で!」


 文字魔法が完成するのと、やつの頭を踏みつけていた足への抵抗が消滅するのはほとんど同時だった。


「き、消えた……クロウ、本当にやったのかい?」

「ササリスお前さぁ」


 やったかはやってないってお約束知らないの?

 いや、漫画もアニメもないスラム街で育ったササリスにそれを求めるのは酷か。


「いや、なんでもない。これくらいで倒せるほどやわな相手じゃない」


 あんなクソダサ台詞を吐いていても、あれでシリーズ第1作のラスボスだ。

 こんな簡単に死ぬほどやつは容易くない。


「たぶん、直前で精神体での活動を解除したんだ。おそらくいまは封印の中で、魔壊まかい症の回復を試みているはずだ」


 おそらくトントンだろう。

 俺が植えた聖なる樹木による封印の弱体化と、アルバス自身に施された弱体化の総和は、ちょうど釣り合いが取れていると思う。

 多少の前後はあれど、最終的な復活はほぼ原作通りと踏んでおいて問題ないだろう。


「そうかい。それで、どうするんだい? これから」


 ササリスの問いかけに、俺は少し困った。


 ずっと、考えていた。


 この世界で俺の目指すダークヒーローは、何を目的にして動けばいいのだろうかと。


 その答えを出すべきなのは、きっといま。


 クロウとして生きるこの人生で、俺は最初のターニングポイントに立っている。


 これでいいのか。

 そう、思わないこともない。

 だがきっと、これ以上の答えも存在しない。


「決まっている。アルバスの本体を見つけ出し、殺す。俺がこの手で必ず」


 喜べよ、アルバス。

 お前に悪役の矜持ってやつを教えてやる。


 俺はお前とは違う。


 正々堂々、小細工なしだ。

 真正面からねじ伏せて、お前のすべてを否定してやる。


「復活したければ復活しろよアルバス。それがお前の命日だ」


 それまでは手出ししないでおいてやる。

 せいぜい苦しみ、やがて来る終末に怯えて生きるがいい。


(あとついでに一人じゃ俺に勝てないって悟ってシロウに協力要請してドリームマッチ組んでくれると嬉しい)


 そっちの方がぽいから。

 俺の理想の、ダークヒーロー像!


  ◇  ◇  ◇


 で、だ。


 あれから数年経った。


「……そうね。男の子はいつか旅に出るものなのよ」


 いよいよ原作が始まる時が近づいた。


 今日この日のために、俺はこのスラム街を絶対安全都市へと作り変えた。

 もう二度と母さまを危険にさらす真似なんてしない。


 イレギュラーズも順調に育っている。

 いまやこのスラム街の最大勢力だ。

 この街のすべてはササリスが握っている。

 だから安心して、旅に出れる。


「たまには顔を出すのよ、クロウ」

「……まあ、親父殿よりは頻繁にね」


 家の扉を開けると、外は雲一つない青空が広がっていた。


「今日はいい旅立ち日和だな」


 俺の門出を祝ってくれているような、素晴らしい空模様だ。

 きっと順風満帆な旅立ちになるに違いない。


「師匠ー!」


 ……なんだろう、嫌な予感がする。


「あたしもついていくよ! えへへ、婚前旅行だねっ」


 くそが、出ばなからくじきやがって。


「……最悪の旅立ちだ」


 こうして、俺の【ルーンファンタジー】が始まる。




 一章 幼少期編 終了

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