第26話 チェイス×アルバス×打開策

 母さまがいなくなった。


 首謀者はシリーズ第1作でラスボスをつとめた原作キャラのアルバス。

 推測でしかないが、それ以外の可能性を考えるにはあまりにもタイミングが良すぎる。


 考えろ、思考を止めるな。


(アルバスは実体がないと言っていた。母さまを連れ出すにしても、おそらく口八丁。まだ遠くまで行っていないはず)


 まずは居場所を突き止める。

 それさえできればあとは単純。

 絶対に母さまを奪還できるに違いない。


(でも、いったいどこに)


 俺がアルバスならいったいどこへ連れ出す。


 人目をできるだけ避け、しかもある程度まで行った地点で人力より早い移動手段に切り替えられる場所。

 そんな地点があればそこを選ぶ。


 だが、いざ、具体的にどこかと問われれば答えに困る。


「師匠! お母さまは⁉」


 俺に合流したのはササリスだった。

 彼女は我がことのように必死になってくれている。


「わからない」

「どこか心当たりは⁉」

「人目につかず、かつ普通より早くどこか遠くへ移動できる場所だとにらんでるけど、具体的な地点はまるで」

「人目につかず、素早く移動できる……もしかして、あそこなんじゃ」


 ここ数年で様変わりしたスラム街。

 水路が整備され、下水が整備されたこの町に、かつてのような腐臭はしない。

 人々の住居も少しだけ立派なたたずまいになった街を走りながら、並走するササリスに問いかける。


「どこだ」

「師匠も知ってる場所だよ。あたしが師匠に、初めて魔法を習った場所」

「配管か!」


 水路が整備され、事実上支配者階級になったササリスと彼女の母はいま、上流区に住んでいる。

 だからしばらく立ち寄ることの無かった場所だが、立ち寄らなくなった理由の一つには、そもそも配管が排水路へと変貌したからというものがある。


「あの配管には水路が通ってるし、綺麗な水が手に入るいま人も寄り付かない。モーターボートでも隠しておけば、素早く移動できるんじゃないかい?」


 モーターボートがあるかどうかは微妙だが、アルバスが最初から、俺との交渉が失敗することを想定していたなら、ほかの住人を唆して手配するくらいはやってのけているかもしれない。


 しかしそうなると、一番気になるのは、


「くそ、その推測が正しいとして、母さまはなんでそんな場所に……!」

「これはあたしの推測だけど、誰かが『クロウが秘密裏にスラム街を旅立とうとしている』とでも吹聴したんじゃないかい?」

「……!」


 俺は母さまを追いかけているつもりだったけど、母さまもまた俺を追いかけているつもりなのかもしれない。

 くそ、姑息な手を使いやがる。


「ササリス! 糸だ! 飛び切り長い奴!」

「糸? そんなの使って何を」

「いいから!」


 ササリスに魔力で糸を編んでもらいながら、俺は近場の手ごろな石材を手に取り、文字魔法を発動する。

 発動までにタイムラグがあっても問題の無い、血文字を活用した文字魔法だ。


(一つ目は場所を表す【配管】、そしてもう一つは【基準点】)


 これで文字の下準備は完了だ。


「師匠! これ!」

「サンキュ」


 そして最後に、ササリスの糸を石材に結び付け、ありったけの魔力を込めた文字魔法で仕上げだ。


「吹き飛べ、【投石】!」


 着地点を【配管】に指定された石材は、ありとあらゆる障害物を無視して一直線に配管目掛けて飛来する。


 まだだ。


「【±0】」


 俺とササリスの足元の地面に向かって、続けざまに文字を描く。

 2文字に込めた意味は相対距離の喪失。

 そして魔法の取る対象は、ササリスの魔力糸によって結ばれた石材に刻んだ【基準点】の文字。


「ぐっ⁉」


 無茶な瞬間移動に、視界がくらんだ。

 景色が水平方向へと引き延ばされる。

 前方は青く、後方に行くほど赤色に視界が染まっている。


 そう感じたのは、わずかに一瞬の出来事。


 輪転する世界が収束すると、目の前に、探し求めた相手がいた。


「アルバスゥゥゥゥ!」


 クソガキと、母さまだ。


「クロウ⁉ あなた、どうして……国外へ行ったんじゃなかったの⁉」


 母さまは状況を理解できていないようだった。

 配管の目の前で、俺とアルバスを交互に見て困惑している。


「はぁ。君さ、いくら何でも早すぎるでしょ」


 いうや否や、アルバスは母さまを羽交い絞めにした。

 いや、羽交い絞めという表現では生ぬるい。


「はぐっ」

「母さま!」


 やつの手が母さまの胸を擦り抜け、魔核のあるあたりへと沈み込んでいる。


「妙な真似はしないでくれよ、クロウくん。ボクに無駄な殺しをさせないでくれ」


 ハッタリだ。

 やつに実体は無い。

 だから――


「ボクには人を殺せない、とでも思っているかい? 残念。実体はなくても魔法は使えるんだ。君たちのような、骨が無ければ魔核の魔力も引き出せない劣等種と違ってね」

「……」

「嘘だと思うなら試すといいよ。ただし、君がボクを追い払うより先に、ボクが君の母親を殺す」


 アルバスは下卑た笑みを浮かべている。

 己の優勢を信じて疑わない。


「さあクロウくん。順序が逆になったけど、改めて取引と行こうじゃないか。ボクと契約して、古代文明をよみがえらせる友だちになってくれよ」


 アルバスはまだ母さまを殺さない。

 母さまに人質の価値があると判断している限り、みすみす手放すような真似はしない。


 だがもし俺が母さまを切り捨てるそぶりを見せれば、その時は容赦なく殺すだろう。

 こいつはそういうやつだ。

 俺はアルバスという男を、よく知っている。


(だから、チャンスは一瞬だけ)


 俺が妙なそぶりをしたとやつが判断したその時には、決着をつけ終わっていなければいけない。


(どうする。どうするのがいい)


 文字魔法では遅い。

 一文字書き終えるまでに、母さまの魔核に埋め込まれたやつの腕が魔法を発動する。

 母さまの命は奴が握っている。


(一瞬、ただの一瞬で逆転する手段はないのか⁉)


 考えろ、考え抜くんだ。

 何かあるはずだ。


 万能なはずだろ、俺の魔法は!


「……」


 一つ、思い出したことがある。


「さあ、答えを聞かせてくれるかな」


 俺はとっくの昔に、この場面での最適解を見ている。


「どうすればいいかなんて、最初から答えが出ていたんだ」


 魔力の移動は必要ない。

 血液に滲んだ魔力は、魔核から骨を移動させること無く指先に魔力を集められる。


 文字を書き終えるまでの時間を考える必要は無い。

 その文字は、どんな文字よりも早く書き終える。


イサ


 そして世界は停止した。

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