第24話 通信網×内政×実権掌握
永久機関水をスラム街の各地に設置してから1年が経った頃には、俺が植樹した木々はこの町になくてはならない設備と化していた。
街中の人が水をこの施設に依存したころ、ササリスが悪魔のような計画を発動した。
毎月少額を払えば綺麗な水が飲み放題。
つまり、サブスク制度の実施である。
「ちなみに、水を出した本人以外が飲もうとすると、
これまで無償で提供されていたものが突然有料化するとなれば、当然反感は免れない。
「おいこらクソガキぃ! ざけんじゃねえぞ!」
「人が下手に出てやってるからって調子乗ってんじゃねえ!」
「痛い目見る前に水を出せ! お前らのためを思って言ってやってんだぞ!」
暴徒化している住民を前にしても、ササリスはわずかばかりも臆していない。
それどころか余裕さえある態度だ。
「黙りな。金がない奴は目障りだよ。痛い目見る前に失せな」
ササリスと会ってから1年が経過したとはいえ、俺は5歳。ササリスは多分、俺より2つか3つ年上だから7、8歳? 嘘つけ。
まあそんな年頃の少女が高慢な態度を取っていたからって、威嚇されるような人間はいない。
まして、無理無茶無謀が生存に必要な三原則のスラム街ならなおさらだ。
「テメェ! 二度となめた口聞けないようにしてや――ッ⁉」
1年。1年かぁ。
1年間俺相手に魔法の練習し続けたササリスが、そのへんの有象無象に後れを取るわけがないんだよなぁ。
「言ったよね、目障りだから失せろって」
ササリスにとびかかろうとした男が、空中で、空間に縫い付けられた。
彼女が指先に少し力を入れるたび、男の関節が、本来曲がるようにできていない方向へと、きしむ音をかき鳴らしながらそれていく。
「ぐあぁっ⁉ ま、わか、も、もう二度と難癖付けないから、やめっ」
「あはは、妙なことを言うね。あんた、あたしの話を聞かなかったくせに、自分の話は聞いてもらえると思ってるのかい?」
男が言葉にできない悲鳴を上げて、涙をこぼした。
「冗談だよ。あたしはあんたと違って、きちんと交渉はするタイプなんだ。見逃してあげるよ、今回だけはね」
ササリスの指先から伸びていたまるで蜘蛛の糸のような魔法の糸が、ぷつんと千切れた。
蜘蛛の巣から解放された獲物のようにもがき、からまった糸から這い出た男が勢い良く頭を下げた。
まったく誠意の籠ってない声でそう口にして、続けざまに、ササリスへと再度殴りかかった。
「ぎゃはは! その甘さが命取りだぜ!」
そして当然、それが最後の言葉になった。
後に残ったのは、二度と目覚めることのない男の輪切り。
「見逃すのは今回だけって言っただろう。本当に、話を聞かないやつだね」
ササリスの糸は絶対に切れない頑強さを持たせることも、ダイヤモンドカッターより鋭い切れ味を持たせることもか思うがままだ。
「で、どうする。あんたらも同じ目にあっておくかい?」
ササリスが聞けば、最初に文句を言いに来たクレーマーたちはぶんぶんと首を振った。
◇ ◇ ◇
それからはわりととんとん拍子。
「ササリス、囲まれてるぞ」
「ああ、大丈夫。あの子らはあたしらの護衛を買って出てくれた子飼いだから」
「お前怖いな」
俺とササリスが提供する水を保護しようとする有志は彼女の目論見通り集まった。
彼ら彼女らのことは
水のインフラ権を掌握し、人材も確保したササリスの次なる一手は通信網の整備だった。
「で次はなんだ。情報伝達の装置が欲しいだって?」
「ほら、前に師匠が言ってただろ。遠くにいる相手とも話ができる機械を作れるって」
ということで、各地に設置した給水樹に通信機能を拡張した。
と言っても、携帯電話ほど便利な物じゃない。
それよりもっと前の時代に活躍していた、文章を伝達するサービス。
いわゆる電報だ。
実装はいたって単純。
給水樹と同じ仕組みで固有番号を割り振った通信機を各地に設置し、任意の通信機から任意の通信機への通信路が一つ以上存在するように矢印ありのグラフを作り、実装するだけ。
電報を受け取った機器は送信先の番号が自分に割り振られた番号と同じかどうかを判別し、異なる場合は別の通信機へと転送する。
機器が受け取ったメッセージは魔力判定によって特定人物だけが確認できるようになっており、これまで以上に迅速に、より秘匿に情報の伝達が可能になったわけだ。
「そうなってくると住所が欲しくなってくるな」
「師匠、住所って?」
「そう。例えば俺からササリスにメッセージを送るとして、ササリスがどの通信基地の近くに住んでるかわからないとどこに送ればいいかわからないだろ?」
「ははーん?」
ということで住所を制定した。
ここで問題になったのは、これまで存在しないはずだった人間がぼろぼろ出てきたことだ。
どうしてこれが問題であるかと言うと、これまでスラム街では弱者から強者へと上納金が手渡されていたのだが、それをちょろまかしていた不正が次から次へと発覚したのだ。
そうなると黙っているササリスではない。
「お母さまお母さま」
ここで言うお母さまとはササリスの母親ではなく俺の母さまのことである。
「なあに? ササリスちゃん」
「実はあの徒党やこの徒党が上納金をちょろまかしてるんですよ」
「ええ? それって本当?」
「もちろんです。証拠もきちんとあります」
で、着服してたやつはこってり絞られた。
絞り上げた罰金の何割かはササリスが運営する組織、イレギュラーズへと分け前が与えられた。
けれど多分、もっとも重要なところはそこじゃない。
「やべえ」
わずか、わずか2年足らずの話だ。
たったそれだけの期間で、町一つがササリスの巡らせた策略によって根幹から支配されてしまった。
まるでここは蜘蛛の巣だ。
いたるところにイレギュラーズの目が光り、あらゆる情報は電報を通してササリスのもとへと集約し、さらには水を握ることで実質的に住民たちの生殺与奪まで握っている。
「どう? 師匠、気に入ってくれた? あたしからのプレゼント」
「……町一個丸ごとは、重い」
ま、まあポジティブにとらえるか。
これであのパターンができる。
そう、クーデターイベントだ!
◇ ◇ ◇
宿敵クロウの手がかりをつかむべく、彼の生まれ故郷へとやってきたシロウ。
彼がその地で見たのは、生活のすべてを管理される、プライバシーの欠片もない地獄絵図のような光景だった。
「ひどい……こんなの、俺は絶対認めない!」
シロウは激怒した。
必ず、かの邪知暴虐の宿敵からこの地を解放して見せると決意した。
だが、そんな彼を止めたのはほかならぬスラム街の住人たちだった。
「待つのじゃ!」
「どうして止めるんです!」
「イレギュラーズに逆らえばわしらの命は無い。だが、恭順の意を示していれば生きていられる」
「そんな……あなたたち、本当にそれでいいんですか⁉ このまま一生、誇りも尊厳も失って死ぬ為に生きていくつもりですか!」
「黙れ小僧! お前にわしらが救えるか!」
シロウが大きく息を吸って、開いた拳の手のひらを見た。
「わかりません。でも、一つだけ確かなことは、俺たちは手を取り合って、ともに戦えるってことです」
そして再度拳を固めて、いま一度スラムの住民に語り掛ける。
「一矢報いましょう、俺たち全員の力で! みんなと一緒なら、クロウの牙城だって突き破れる!」
◇ ◇ ◇
ありだな。
古来、絶対王制を敷いた王朝の末路は、内部の裏切りによる滅亡と相場が決まっている。
ある意味で、統制したスラム街の住民の手によって葬られるというのは様式美に沿っているとも言える。
おー!
なんか楽しくなってきたぞ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます