第22話 植林×品種改良×魔改造

 ササリスが通い妻みたいになった。

 たぶん一時の気の迷いだと思う。

 冷静になれば「なんで料理の勉強なんてしてるんだっけ?」ってなるでしょ。

 ひとまず気が済むまで好きにさせておこうと思う。


 というわけで、ササリスは母さまに任せておいて、俺はスラム街へとやってきた。


「なるほどね、なんとなくわかってきたぞ。血文字で発動するタイプの設置魔法の制限」


 おさらいすると、普通の魔法は魔力を指先に集めてから発動するまでの時間に融通が利かない。

 魔力が骨に滞留するのを嫌がり、胸の右側に位置する魔核へと引っ込もうとするからだ。


 この、魔力の伝導路に骨を使った魔法に対し、骨髄からにじみ出た魔力入りの血液を使うのが血の魔法。

 血液は骨ほど魔力の伝達効率が高くないから、普通の魔法のように待機状態が不安定になったりはしない。


 これにより成立したのが血を使った魔法。

 いわば血文字魔法ってところだ。


「設置できる文字数に制限は無いけど、一度に発動できるのは4文字まで。発動できる設置文字までの距離は文字数に反比例して減少。効果も同じく距離によって減衰、と」


 特に意味はないけれど【木】の文字をひたすら書き続けていたら、俺の通った後ろが緑化されてた。

 まあスラム街だしそっちのほうがええやろ。


「それより、大事なのはこっちだな」


 俺の後ろにできた街路樹の葉っぱの一枚に書かれた【木】という血の文字。


「普通の文字魔法は発動すると文字が魔法に変換されて、文字に戻ることはない。けど血を使った文字魔法は発動した後も文字として残る」


 ふむ。


 もう一回発動できるか?


 あ、無理だこれ。

 残ってるのは血液だけで魔力が残ってない。

 セミの抜け殻みたいなものだ。

 一度脱皮した殻から次のセミが出てこないのと同じように、俺の魔法も一度発動した文字からは二度目は発動できないらしい。


「文字は残るけど、魔力は消費するから文字魔法としての再利用は不可なのか」


 うーん、うまいことやれば解決しそうな気がするけれど。


 ふむ。


 もう一度振り返ってみよう。


 文字魔法は文字から魔法への一方的な変換。

 血文字で魔法が成立するのは血に魔力が含まれるから。

 魔法になると血に含まれていた魔力が失われてただの血文字として痕だけが残る。


「どうにか魔法を発動した後の血痕に魔力を流せれば永久機関が作れそうな気がするんだけどな」


 パッといいアイデアは思いつかない。


 今日の成果としては血文字魔法の性能調査ができたってところかな。


「ん?」


 俺の目の前で木の葉がひとひら宙を舞う。

 葉っぱはよく見ると、単に薄いだけでなく、線が走っていた。

 確か、葉脈と言ったはずだ。

 水分や栄養分の通路の役割を果たしたり、葉っぱを支える役割があったはず。


(確か葉脈って、動物で言う血管とか、骨の役割だったよな)


 ……ほーん。

 なるほどなるほど。

 完全に理解した。


「【葉脈】」


 手近な木に向かって、俺は右手で文字を書いた。

 対象はこの木に生えた葉に刻まれた葉脈すべて。


「【魔力源】」


 葉脈の形状がそのまま「魔力源」の文字を描くイメージで左手にも文字をこしらえる。


「発動!」


 すると、なんということでしょう!

 匠の技で、手近な木に彫られていた葉脈が、一つ残らず「魔力源」へと生まれ変わっていくではありませんか。


「それから、もういっちょ」


 右手に描いた文字魔法は【年輪】で、左手の文字魔法の発動対象だ。

 そして左手で年輪の形状をどういう形に変化させるかを指定する。

 その形は、【常時発動】!


 この木は切断なんてしていないから断面を見れないけれど、葉脈の模様を「魔力源」に変更した時と同じことができるなら、俺の想像する永久機関が成立可能なはずだ!


「おお、葉脈に刻んだ【魔力源】の文字が、年輪に刻んだ【常時発動】に魔力を供給してる!」


 つまりはこういうことだ。

 葉脈で生成された魔力が常時発動の文字のエネルギー源になり、常時発動によって葉っぱを巡る葉脈に刻まれた魔力源の文字魔法を発動している。


「おお……で?」


 永久機関ができたから何?


「よくよく考えたら、俺って別に魔力に困ってるわけではないんだよな。幼少期からの魔力訓練でお化け魔力量だし」


 作ったはいいけど、扱いに困るな。


 まあいいか。

 どうせ廃材の町スラム街だし。

 ゴミが増えたところで誰も気にしないって。


「でもま、せっかくだから価値あるものにしておくか。ほい【根】と【浄化】と」


 これで根っこの形が浄化をかたどり、この不浄の大地を清めてくれるだろう。


 いやあ、いいことをした後は気持ちがいいな。


 ……いややっぱりいらなくね?

 スラム街にこんな性能の木があったところで場違いなだけじゃね?

 埋めたはいいけど伐採してやろうか。

 なんか他に用途があれば生かしてやってもいいんだが、なにかあるかな。


 あ、そうだ。

 ササリスが本調子になってシロウの前に闇医者として現れるようになったら、俺のルーツとしてこの場所を巡らせるのもいいかも。


  ◇  ◇  ◇


「ここが、ササリスの生まれ故郷?」

「そうさ。クロウの生まれ故郷と言い換えてもいい」


 シロウは生まれて初めて見るスラム街を前に息を呑んだ。


「ひどい」

「ま、この辺はね。でもいい場所もあるんだよ、ついてきな」


 ササリスは何も言わずにスラム街をぐんぐん進んでいく。同じような建物が並ぶ町だ。シロウにはもう、自分がどの方角から来たのかすらわからない。

 だというのに、ササリスが迷う気配はない。


「ここだよ」

「っ!」


 ふいに開けた視界、そこに映っていたのは、荘厳という言葉がふさわしい立派な神木。


「これは」

「クロウが残していったんだ。原理も仕組みもわからないけど、どんな病気でもこのご神木に触れるとたちまち治っちまう。あたしらスラムの生まれからすれば聖地みたいなもんさ」


 ササリスが遠い目で過去を見る。

 だけどそれは、瞬き一つの間に見失うほどわずかな刹那の話。

 いつの間にかシロウと視線を合わせていたササリスが、真剣なまなざしでこういう。


「いいやつだったんだよ、あいつは、だから」

「わかった」


 言いかけたササリスの言葉を遮って、シロウが力強く宣言する。


「俺が、彼の暴走を止めて見せる! 絶対!」


  ◇  ◇  ◇


 アリだ。

 この世界線の俺がどんな役回りしてるのかちょっと想像つかないけど、(あと最近はササリスがちゃんと俺から自立してくれるかの不安も大きいけど)、選択肢の一つとして残しておく価値はある気がする。


 よし。

 今度ササリスを連れ回すことがあったらここに連れてこよう。

 もしかしたら金になる活用法思い付いてくれるかもしれないし、それがいいと思う。

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