第21話 栄養食×料理教室×花嫁修業(仮)

 ササリス親子には病気の原因が栄養の偏りであることを伝えて、その日は分かれた。


(原因がわかることと、対処できることはまた別のことだけど、そこはササリス親子が自力で解決できるようにならないと何も変わらないからな)


 魚を与えるのではなく釣り方を教えよと言ったのは誰だったか。

 魚を与えるだけでは受け手は与えられなければ生きていけず、依然として困窮したままだ。

 だが魚を手に入れる方法を身につければ、自立できるようになる。

 困難に立ち向かえるようになる。


 長期的な面で見たときに、短期的な解決策ではなく持続可能な解決策を提示しないと意味がないのだ。

 SDGsというやつである(本当か?)。


「ま、料理を教えてくれと頼まれれば、母さまなら喜んで教えそうだけど……」


 なんか、そのまま花嫁修業になりそうで嫌だな。

 ササリスがこの家に入り浸るようになると、こんな朝の一幕が現実になりうるわけだろ?


  ◇  ◇  ◇


「おはよう、師匠。朝ごはんできてるよ」


  ◇  ◇  ◇


 いやいや、無しだな。

 ササリスが料理の教えを請いに来ても安請け合いしないよう母さまに念押ししておこう。

 なんてことを考えながら、朝食に向かった朝のこと。


 いつもと変わらない我が家。

 いつもと変わらない時間帯。

 だけどいつもと違う光景。


 いままでの普通が、たった一人の存在によって崩れ落ちていく。


「いや妄想じゃないんかい」


 当たり前のように、食卓に、ササリスがいた。


「あ、師匠! おはよう!」

「起きたのねクロウ。ごはんできてるわよ」


 おはよ。じゃなくて!


「クロウ、ササリスちゃんはよくできた子ねー。お料理の勉強がしたいんですって! 母さん張り切っちゃった!」

「そ、そう」


 想像の何倍も早い帰結に軽く引きながら、ササリスを手招きする。


「ササリス、ちょっと来い」

「ん? なに」

「他にもいっぱいあっただろ、選択肢。それこそ冒険者の爺さんにお願いするとか」


 ここに来るのは最後の最後だと思ってたんだが?


「ふっふっふ、わかっちゃないね、師匠」

「あん?」

「あのね、師匠。師匠が昨日治したお母さんの病気はスラム患いって言って、スラム街ではすごく患者数の多い風土病なんだよ」


 まあ、それはそうだろうね。

 栄養不足しそうだし。


「あたしのおばあさんはスラム患いにかかってこの町に放逐されたんだ。それくらい、この病気はみんなから危険視されているんだよ」


 ふんふむ。

 魔壊まかい症に感染力は無いと思うけれど、異世界三大チートと名高い鑑定様がいないと感染のリスクも危惧するか。

 風土病って結局、病気の原因がわからない病に対してつける概念名称だもんな。

 詳しいことはわかっていなかったとしてもおかしくない。


「だから?」


 いまいち話がピンと来ない。


「金のニオイがした!」


 目をきらっきらさせて、ササリスが言った。


「これまで不治の病とされてきたスラム患いを治せるようになれば? 答えは簡単。飛ぶ鳥落とす勢いで売り上げが伸びるわけさ! でもあたしは料理なんて知らないだろう? だから誰かに教わらないといけないんだけど、爺さんは外の人だから長くスラムにいてくれないし」

「長い! 三行!」

「あたし料理学ぶ。売り上げ伸びる。師匠の胃袋もつかめてあたしもお金が手に入ってみんなハッピー」

「ん?」


 三行目の冒頭におかしな文言入ってなかったか?


 いやツッコミ待ちの気がするな。

 見えてる地雷に突っ込むわけないだろ。


 原作のおまえそういうキャラじゃなかっただろ。

 闇医者らしく振舞えよ、そうだな、例えば。


  ◇  ◇  ◇


「へえ、こりゃ手痛くやられたね」


 シロウとの戦いでついに敗北を喫した俺のもとに現れたのは、かつてスラム街で出会った少女だった。


「ササリスか、笑いに来たのか」

「笑う? あはは、まさか。あたしは医者だよ? 患者がいるところならどこにだって訪問するよ」

「医者か、よく言うよ。金がないやつは患者と認めないくせに」


 俺が皮肉を言えばササリスは歪な笑みで返す。


「いくらだ」

「1000億」

「あ? 払えるかよ」

「じゃあこういうのはどうだい? あたしが開発した新薬の被検体になる。それなら100億で受けてあげるよ」


 こいつ、足元見やがって。


「……わかった。交渉成立だ」

「まいどあり」


  ◇  ◇  ◇


 それでいてササリスのドーピングでさらなる力を手に、シロウのもとへと不死鳥のごとく立ちはだかるのだ。

 前作の映画で倒されたはずの悪役が、メタル化して再登場するかの如く、さらなる戦闘力を手に!


 そういうのがやりたかったのに!


「それにさ、料理人っているだろう? あれって素材を買って調理して、売って利益を出すわけだろ? つまり材料から料理に変換される工程で付加価値が生まれるわけ。それってとっても素敵じゃない?」


 本当にこいつ金のニオイに敏感なセンサー積んでるよなぁ。


 でもまあ、そういう理由ならこっちにも言い分がある。


「料理じゃなくても栄養剤作ればよくね?」


 栄養剤の開発も付加価値を高める工程。

 そして(推測だけど)完成すれば栄養剤の方が利益が高い(と思う)。

 金にがめついササリスならこっちを選ぶはず。

 原作始まる前からキャラ崩壊を起こし始めているササリスに方向修正を施そう。


「それだと師匠の食の好みがわからないでしょ!」


 知らないでいいよ。

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