第20話 病気×併発×末期
文字魔法のポテンシャルを数段引き上げた熱も冷め止まぬまま訪問した現ササリス宅。
粗野な敷物の上に横たわる女性が一人。
その人には近寄りがたいオーラがあった。
(なんだ、この肌……青白い斑点?)
女性の肌は全身に淡青色の炎症が起きていた。
俺が思い出したのは、時代劇医療ドラマで見た梅毒の患者だ。
全身に発疹が現れ、一部が腫瘍化し、膿がただれるような背筋の粟立つような症状。
それを想起させるササリス母の肌はしかし、バニラソーダのように残酷な青色をしている。
「ササリス……あなた、また戻ってきたのね。もう、放っておきなさいと言っているのに」
しわがれた声だった。
頬がこけ、頭蓋骨の形がわかるほどに肉の落ちた、干からびたミイラのようなまぶたが開かれて、ササリスを見てため息交じりにほほ笑む。
聞き分けの無い子どもを手間がかかると思いつつも、愛おしくも感じている。
そんな雰囲気が、ササリスの母親からの表情からは滲んでいた。
「聞いてお母さん。お母さんの病気は治るんだ。師匠の魔法なら、絶対!」
ササリスの母が俺を一瞥し、またササリスに視線を戻し、呼吸をひとつ置いた。
「ありがとう、ササリス。でも、もう、わかってるの」
「わ、わかってるって、何が?」
「この体は、長くないって」
ササリスの母の目が、どこか遠くで像を結んでいる。
この時間軸ではない、別の記憶を思い返している。
「あなたのお婆さんもね、お母さんと同じだった。この青い模様が現れて、徐々にやつれていって。最期を看取ったのは、お母さんだったわ」
「違う、違うよ! 師匠!」
生きることを諦めようとしている……というよりは死を迎え入れようとしている母親を前に、ササリスが叫んだ。
必死の形相で俺を見た。
「任せろ」
それで、【快復】の文字を描こうとして、指先を止めた。
(本当に、元通りの健康体にするだけでいいのか?)
俺はササリスの母親をゲームで知らない。
今日この場所が、彼女の母との初めての接触だ。
だからはっきりとしたことは言えない。
だが、気になる点はある。
(この症状をササリスの血脈の遺伝みたいな口ぶりだったけど、俺の知るササリスはこの症状にかかっていない)
つまり、こういう可能性もあるのではないだろうか。
(病気の原因は遺伝ではなく、このスラム街という環境? だとしたら、一時的に体調を良くしたって、何度だって再発する)
果たして、それは本当に、助けたと言えるのだろうか。
俺は、そうは思わない。
ここで俺が最初にやるべきは、もっと単純で明快なこと。
「【鑑定】」
いわゆる、診察だ。
もちろん俺に医学の知識なんて無い。
だけど異世界三大チートと名高い鑑定様の手にかかれば、きっと突破口が見えるはずだ。
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【
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魔力の循環停滞により体が壊死する病気。原
因は骨密度低下や貧血。魔力だまりには青色
の腫瘍が出来、神経痛が引き起こされる。
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【栄養失調】
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必要な栄養素の不足により体が不健康になる
状態。免疫力低下、筋力低下、神経障害、貧
血、骨粗鬆症などを引き起こす。
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【脚気】
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ビタミンB1の不足による神経疾患。症状には
手足のしびれ、筋肉の萎縮、動悸、息切れな
どがある。適切なビタミンB1の摂取が必要。
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【貧血】
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鉄分などの不足により、体内の赤血球の数や
ヘモグロビン量が減少する状態で、疲れや息
切れ、めまい、頭痛などを引き起こす。
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・
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「し、師匠? もしかして、ダメだったのか? 嘘だろう?」
「あ、いまのは診察しただけ」
「そっか」
絶望しかけた表情のササリスが、少しだけ安堵の色を見せた。
(しかし多いな)
考えてみれば当然のことではあるが、病気は併発するものだ。
まして、目の前の女性のように末期症状ならなおさらだ。
だけど、要約すると、問題点はある一点に帰結するような気がする。
「栄養失調。これが諸悪の根源だろ」
例えば明治時代、人は白米と一汁一菜が基本。
大量のご飯にわずかなおかずという生活では栄養が偏り、脚気という症状にかかる人が多かったとか、そんな話を聞いたことがある。
(ササリスの母親が昨日食べたのはコッペパン。そして今日もコッペパン。おそらくその前も、ずっと)
炭水化物以外の栄養を摂取できていないのだ。
鉄がなくなれば骨が弱くなる。
骨は魔力の伝導路だ。
道が悪くなれば魔力の流れは淀むのは道理。
内出血した場所が青あざになるように、魔力の溜まった場所に青白い病状が発生するのだろう。
そしてそれは神経痛を伴い、罹患者の体をゆっくりと蝕んでいく。
「【完全】【快復】」
右手と左手で2文字ずつ。
合計四文字の文字魔法を放つ。
人を助けるためにも使える魔力が、場合によっては人を死に至らしめる。
顔が、しかめっ面になる。
「嘘……あんなに、ボロボロだった体が」
「お、お母さん!」
健康的な肌の色と、瘦せ気味の体型をよみがえらせるために、俺の魔力がごっそり抜け落ちた。
減った魔力の量だけ、どれだけ深刻な症状だったのかが分かった気がする。
「よがっだ! よがっだよぉ!」
だから、ゲーム内では決して見ることの無かったササリスの、子どもの癇癪みたいな号泣も、からかう気にはなれなかった。
親子の愛情をほほえましく思いながら眺めていると、ふと、ササリスの母親と目が合った。
「このたびは、本当にありがとうございました。この子のわがままには、手を焼いたでしょう?」
「本当に」
俺は苦笑い気味に、冗談めかして口にした。
本当に、母親思いのいいお子さんだと思いますよ。
……ちょっと暴走しがちだけど。
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