第17話 カラス×冒険者崩れ×手がかり
食料を探すと言ったササリスは配管を出てスラム街へと繰り出したが、その様子は少し妙だった。
俺が人気の無い場所を探して先行しているときはゴミの山に視線を動かしていたのに、いまはその様子がない。
いや、正確には何かを探していることに変わりはないが、視線の向く方向がおかしいのだ。
ササリスが道以外に向ける視線は、決まって空だった。
何が見えるのだろうかと真似して俺も見上げるが、カラスのような黒い鳥が列をなして飛んでいるだけのように見える。
「来た」
ササリスが言った。
「こっちよ! 急いで!」
困惑する俺にはわき目もふらず、ササリスは一目散に飛び出した。
「ササリス、いったい何があるんだ」
「いいから黙ってついてきて」
ササリスは何かを追いかけるように駆けていく。
いったい何を追いかけているんだと、上へと視線を向けると、黒い羽根の鳥が列をなして、ササリスの前方を先行していることに気付いた。
(なんだアレ、カラスか?)
もしかして鳥山だろうか。
漁師は魚の群れを鳥の群がりで探すと聞いたことがある。
それと同じで、カラスがたかる場所には残飯があるという判断だろうか。
なんてことを考えていると、ふとカラスがゆっくりと降下していく。
「いた! おーい、爺さん! 来たよー」
カラスが降り立った先、そこにいたのは年老いて、白髪と白ヒゲをたくわえた丸眼鏡の老人だった。
竹竿と魚籠を携えた老人が、カラスに囲まれながら、朗らかな笑顔でササリスを迎え入れる。
「ほっほ、ササリスや、よう来たの。そっちの若いのはササリスの子分かい?」
「あたしの師匠だよ。ほら見て」
ササリスは素早く指先から糸を飛ばすと、近くに転がっていた瓦礫を瞬く間に鋼線で切り裂いた。
「ホー」
「師匠に習ったんだ。魔法っていうんでしょ?」
「そうじゃ。ということは、そっちの君も魔法が使えるわけか。まだ幼いのに大したものじゃ。名前は?」
「師匠はクロウっていうんだ。なあ爺さん! それより早く!」
「おお、そうじゃったそうじゃった。ほれ」
毛の白い老人はたすき掛けにした風呂敷を広げると、中からパンを取り出した。
カビ一つ生えていない綺麗なパンには見覚えがあった。
ササリスがクソガキに略奪されかけてたコッペパンだ。
(なるほど。魔法を使えない頃のササリスがどうやって綺麗なパンを手に入れたのかと思ったら、配給してくれる知り合いがいたからなのか)
スラム街の住人と比べても遜色ないギラギラした眼光をしてるけど、なんとなく外の人間の気がする。
話を聞く感じだと、ササリスの母親と親しい間柄なんだろうな。
「お母さんによろしく頼んだぞ、ササリスや」
「わかってる」
「クロウくんじゃったか。すまんのう、君の分は無いんじゃ」
「いいよ、師匠は上流区の人間だから」
うん、まあ食うに困ってはいない。
なんだったら【複製】すればスラム街の食糧問題を解消できるレベルのチート持ちです。
外で披露しようものなら危険が跳ね上がるからやるつもりはないけれど。
「なあ爺さん、代わりにクロウに教えてやってほしいことがあるんだ」
「なんだ?」
「アルカナス・アビスって知ってる?」
丸眼鏡の奥で、白髪の爺さんの目が細められた。
警戒されている……?
「いや、知らんのう」
爺さんの反応に俺がわずかに緊張すると、それを目敏く嗅ぎ取ったかのように爺さんは表情を和らげ、「ほっほっほ」と陽気に笑った。
「嘘だね」
「ほ?」
「爺さんは凄腕の冒険者だったんだろ? 師匠の父親も冒険者なんだ。その父親が残した手がかりがアルカナス・アビスなら、同じ冒険者の爺さんは知ってるはずだよ」
白髪の爺さんはしばらくじっとササリスを見つめた。たくわえた立派なヒゲをなでながら様子をうかがっている。
やがてササリスがハッタリではなく確信していると判断したのか、ようやく言葉を返した。
「いい考察じゃ。確かに、ワシはアルカナス・アビスを知っておる」
「やっぱり。だったら師匠に……」
「じゃが、教えることはできん。すまんのう。そういう規則なんじゃ」
「はあ? なんだいそれ」
まあ、そうだろうなとは思った。
こんな簡単に手がかりが手に入るような簡単な試練を親父殿が残すはずないよな。
「じゃがまあ、パンをあげられなかったお詫びに、一つアドバイスをしてあげよう」
爺さんが顔の横に指を一本立てて、俺の視線に顔の高さを合わせるようにかがんだ。
「クロウくん、アルカナス・アビスが何か知りたければ冒険者になるといい。冒険者は世界中を見聞することになるから、きっと手がかりも手に入るぞ」
なるほど。確かにそうだ。
親父が冒険者で、同じく冒険者(冒険者崩れ?)の老人も、例の秘境について知っていると来た。
だったら、俺もその後を追えば自ずとたどり着くはずだ。
親父が残した手がかり、アルカナス・アビスに。
(親父殿はアルカナス・アビスの秘鍵に、「冒険者になれ」ってメッセージを込めたのか)
上等だ。
もとよりそのつもりだ。
「冒険者になるためには冒険者試験を受けねばならん。いますぐ受験してみるか?」
白髪の爺さんは試験料くらい口利きしてやるぞいと言ってくれた。
「いや、いまはまだ時期じゃない」
「ホー?」
「俺にはまだ、やるべきことがあるんだ」
この町にはまだ、母さまがいる。
冒険者試験でしばらく家を空けるとなれば、母さまを長く一人にすることになる。
(母さまは強いから、俺がいなくても大丈夫だと思うけど、ここを離れるときにはどんなことがあっても危険にならないようにしてからにしたい)
どうやって安全を確保するかは課題だが、何も焦ることはない。
(それに、どうせなら原作主人公のシロウと同じタイミングで試験を受けたい)
それでもって力の差を突き付けてやりたい。
あわよくば「こんな相手に、どうやって勝てばいいんだ……!」って膝をつかせたり、「親父を知ってるのか⁉」って異母兄弟を匂わせるムーブをかましたい。
(それまでは修行だなー。待ってろよシロウ)
絶対的実力者としてお前の前に立ちはだかってやるからな。
必ずだ。
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