第15話 五大×属性魔法×勉強会

 用途不明の配管を潜り抜けた先に、ササリスが言っていた秘密話にうってつけの場所という開けた空間は存在した。


「どうだい、ここなら盗み聞きの心配は無いだろう?」


 臭いけどな。


「配管は声が響くぞ」

「問題無い。ここのハンドルを回すとパイプにシャッターが下りるから」

「なんでだよ」


 本当になんの施設だったんだよここ。


「お母さんが増設したんだよ、この機能を。もとはあたし、ここに住んでたんだ」

「引っ越したのか? スラム街にしては安全機能に優れてる気がするけど」

「お母さんが病気になってね。少しでも空気がきれいな場所へって、外に出たんだ。ま、外も空気がいいわけじゃないけど、ここよりマシだろう?」


 おい、ってことはここは病気の温床かよ。


「【滅菌】、【抗菌】、【無菌】、【浄化】、【空気清浄】、【除加湿】、【衛生】、【快適】、【恒常】、【持続】、【維持】」

「わー!? 待て待て落書きするんじゃないよ!」

「落書きじゃねえよ」


 書きなぐった文字魔法が次々に効果を発揮していく。


「あれ? なんだろ、空気が重くない。カビも汚れもなくなってる」

「そういう魔法を使ったからな。そこらの町よりよっぽどよっぽど体にいいぞ」

「魔法!? 師匠の魔法はパンを新品にするものじゃなかったのかい⁉」

「そんなピンポイントな魔法があってたまるか」


 考えうる限り最弱だろ、その魔法。

 どんな相手が出てきても「これでどうやって戦えばいいんだ……!」ってなるじゃねえか。


「俺の魔法はな、何でもアリなんだよ」


 指先に魔力を込めて【製糸】と書けば糸が生まれ、【操作】と書けばその糸は俺の思い通り動く。


「いまの、あたしの糸の魔法」

「正確には、その真似事だな。この糸はササリスの糸みたいに伸び縮みしないし、障害物を擦り抜けたり、フェンスを切り裂いたりもできない」

「でも、何でもアリなんだろう?」

「もちろん、魔法を重ね掛けすればそれらすべての性質を持たせた糸は作れる。けど、ササリスみたいに一瞬で作るなんて芸当はどうあがいても無理。だから真似事」


 ササリスの魔力で編まれた糸は万能だ。

 なんでも切り裂く鋼線のように変質させることも、刀でも切れない糸に変化させることも自由自在。

 長さは彼女の魔力が続く限りどこまでも伸びる。


 それだけではなく疑似神経網のようなネットワークを構築する事だって可能だ。

 彼女はこの魔法を使い、一般的な病院が諦めた不治の病の治療を主な収入源として闇医者の道を進むことになる。


 俺は結構好き。

 だけど、少なくともこの時点で、ササリスは釈然としなかったらしい。


「やっぱりズルい! 師匠の魔法をあたしにも使わせて!」

「無理」

「やってみなきゃわからないだろ!」

「まあ聞けよ」

「訊いてんだよずっと!」


 確かに。


「まず、原則として、魔法は5種類に分類される」


 俺は【白板ホワイトボード】を生成し、そこに【水性ペン】で五芒星を描いた。

 その頂点にそれぞれ地水火風空の文字を書く。


「これが属性の相性を示す表だ」

「読めないんだけど」

「いまから説明するから」


 俺はまず、地の文字を指さした。


「地は土属性。岩や土を操作したり、極めれば地震や地割れをはじめとする自然現象を引き起こしたりできる」


 次に円弧をなぞり、隣に位置する水を指さす。


「水属性は水を操る。雨や霧、水流を引き起こすことだって可能だ。極めれば津波を呼ぶこともできる」


 さらに隣、火を指し示す。


「火属性。炎を操り、物を燃やしたり爆発を引き起こしたりできる」


 その隣にあるのは風。


「風属性。気流を操り突風や竜巻を引き起こしたり、空中を移動したりできる」


 そして五芒星の頂上に描いた文字、空へと指先は移動する。


くう。属性を持たない魔法だ。身体強化や、相手の魔力の流れを乱す妨害魔法がここに分類される」


 口を歪めて聞いていたササリスが、ぱっと顔色を変えて手を上げた。


「わかった、あたしと師匠は空属性だね?」

「ところが俺たちの分類は空ではない」

「はあ? だったら何属性だって言うんだい。他にそれらしいのは無かったと思うけど?」


 そりゃそうだろ。


 五芒星の頂上を示していた指先を離す。


「俺やササリスはこの属性表のどこにも分類されない」

「え、ずるい」

「原則5種類って言った時点で例外があると気づけなかったササリスの負けだ」

「む」


 口を尖らせてから、ササリスが文句を言おうとしたのでそれより早く次の言葉を告げる。


「先に述べた5種類の魔法は、得手不得手はあるが基本的に誰でも使える魔法。一方で、俺やササリスの魔法は、努力で習得できるものじゃない」


 生まれながらの才能によって使用できるかどうかが決まっている魔法だ。


「属性魔法に対し、これを固有魔法という」

「だから師匠は、師匠の魔法はあたしに使えないって言ってたのか」

「付け加えるなら、ササリスの糸魔法について、俺は活用法を提案するくらいならできるけどコツなんかは教えられないってことでもある」


 ササリスは「だから強くなる方法は人それぞれって言ってたのか」と神妙な顔してつぶやいた。

 特にそんな意図は無かったのだけど、俺に不都合があるわけではない解釈なので黙っておく。


「そうだ、だったら属性魔法は? 誰でも使えるってことは、師匠も使えるんだろう?」

「使えることと、積極的に使いたいかってのは別なんだよな」

「どういうこと?」

「先にも言ったけど、属性魔法ってのは極めれば地震や津波を引き起こせるくらい強力な魔法を扱えるようになる」

「それがどうして使いたくないって話になるんだい」


 ここで問題になってくるのは極めるという言葉の意味だ。


「五芒星にも書いたが、それぞれには相性のいい属性と相性の悪い属性がある」


 五芒星に書いたときに円弧上で隣り合う二つの属性は相性が悪く、隣り合わない二つの属性とは相性がいい。

 つまり相性表を示すとこう。


 地│水│火│風│空

地◎│✕│〇│〇│✕

水✕│◎│✕│〇│〇

火〇│✕│◎│✕│〇

風〇│〇│✕│◎│✕

空✕│〇│〇│✕│◎


「例えば地属性が得意な人は隣り合う水や空の魔法が苦手なんだ。火と風は人並みに使えるけど、地属性の練度を超えることはない。極められる属性は一つだけなんだ」

「なにそれ文字魔法ずるくない?」

「俺もそう思う」


 文字魔法があるのにわざわざ属性魔法を習熟する理由なんて無いわけで、そんなことをする暇があったら文字魔法の練習をした方が効率がいいのだ、俺は。


「ふーん。じゃあ次。自分がどの属性を得意とするかってのはどうやって判断すればいいんだい?」

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