第14話 母×悪知恵×花嫁候補(笑)

「クロウ、ササリスさんって子が来てくれたわよ」

「おじゃまします」


 人に追跡用の糸を仕込んでいたストーカー女ことササリスをどうしようかと考えていると、母さまがあっさり家に招き入れてしまった。


「すごいわクロウ! いったいいつの間に友だちをつくったの!」


 ちょっと待って。

 無警戒過ぎる。

 ササリスが俺の知り合いを騙るドロボウだったらどうするつもりだったの。

 家から出たことを母さまは知らないはずなんだから、普通に考えたらスラム街に友だちがいるはずないってわかると思うんだ。

 普通は怪しむと思うんだ。


 母さまはあれで魔法の技術すごいし、自分がいれば大丈夫って判断なのかな。

 いやでも抜けてるところあるしな、わからん。

 どっちなんだろ。

 たぶんどっちもなんだろうな。


(待って、もしかして言いつけ破って家の外に出たこと母さまにはバレてる?)


 母は全部お見通しってことだろうか。


「や、待って母さま、これはちがくて」

「お外に出たことを謝ってるの?」


 ニコニコしている母さまの目が細められて、俺に目を付けた。

 蛇だ。蛇の目だ。目の奥が笑ってない。


(怖え)


 いますぐにごめんなさいと言ってしまいたい。

 開き直って事態が悪化する前に誠心誠意で謝りたい。

 でも、それはできない。


(バレるにしてもササリスがいないときにバレてくれよ……!)


 ここで母さまの威圧感に屈して頭を下げたとする。

 するとのちのち、原作主人公とササリスが出会うシーンでこんな会話が挟まれることになるのだ。


  ◇  ◇  ◇


「とまあ、あたしがクロウについて無料で教えられる情報はこんなもんだね」


 薄暗い裏カジノの柱の陰で、シロウがササリスから宿敵の情報を引き出している。


「なにか、弱点は無いんですか」

「無いね。あたしはクロウをよく知ってるが、あれは乗り越えることもぶち壊すこともできない壁だ。弱点なんてただの一つも……いや待ちな」

「あるんですか⁉」


 ササリスが口端を歪めて「ああ」と答える。


「あいつはね、母親には頭が上がらないんだ」


  ◇  ◇  ◇


 ダサい!

 超絶ダサい!


 こんなダークヒーローは嫌だシリーズがあれば堂々殿堂入りものだぞこんなの!


 かと言ってここで謝らないとそれはそれで幼稚だ。

 ササリスに「ガキだね」と笑われる。

 それも嫌だ!


 ぐぬぬぬぬ、いったい俺はどうすれば。


「やっぱり、あの人の子どもなのね」

「え?」


 気が付くと、優しい笑顔を見せる母さまが目の前にいた。

 母さまは温かい手を俺の頭において、やさしくなでてくれている。


「心配してたのよ、クロウがいい子過ぎて。彼ったら私が『もう少しゆっくりして行ったらいいのに』って言ってもいっつも『いやいい。お前の顔を見に来ただけだ。すぐにたつ』ばっかりなのよ? 私の話なんて聞きやしない」


 母さまが、俺には見せない顔で困ったように笑った。

 恋する乙女の顔だった。

 ああ、本当に、親父殿が好きなんだ。

 なんとなく、漠然と、そう思った。


「いい? クロウ。ルールは弱い人を守るための物なの。自分から規律に従いにいくような弱い人間になっちゃダメ」


 子どもにそんな価値観を教えるのはどうなんだろう。

 いや、ここがスラム街なことと、母さまが支配者階級ってことを鑑みれば適当なのかも。


「いい子なのはいいことだけど、好きな女の子の前で見栄を張りたいってのも正しい気持ちなの。正解は一つじゃない。自分でつくるものって、覚えておいてね?」


 生後数日で魔法を使った時も、習ってないルーン文字を操り出した時も「まあ、あの人の子どもだもんね」で済ませた、どこか抜けた母さまが、真剣な顔で俺に教えた。

 めずらしい母さまの真面目な顔。

 母さまの一言一言が、質量を持って俺の胸の奥へと沈んでいく。


「や、好きな女の子じゃないから」

「ほーんと、好きな子には素直になれないところがイチロウさんそっくり!」

「どうしよう母さまが強い」


 勝てる気がしない。

 原作のクロウくんよりよっぽどダークヒーローしてるよこの母さま。

 俺も見習わないと。


「とにかく、俺とササリスはそんな関係じゃないから」

「いい? ササリスちゃん、男は振り回すくらいがちょうどいいのよ」

「はいお母さま、勉強になります」


 話聞いてねえ。

 変なことを吹き込むな。

 お母さまって呼ぶな。


 ツッコミが追いつかねえ。


「ちょっと出かけてくる。行くぞササリス」

「あらぁ、クロウったら大胆。イチロウさんみたい」

「違うから!」


 もうやだ。


  ◇  ◇  ◇


 トタン板の住居をぎゅうぎゅうに押し込んだおもちゃ箱のような街路を、ササリスを連れて歩いていた。


「で? どこへ向かってるんだい?」


 ササリスが路傍のゴミ山に使えそうなものがないかをしきりに確認しながら、俺のあとをついてくる。


「どこか静かな場所。周りに人がいないところがいい」

「なんでさ」

「情報ってのはタダじゃないんだ」


 言葉の意味は二つ。

 一つはそのまま、価値のあるものを、どこに誰がいるかわからない場所でひけらかすつもりはないという、彼女にとっても一般的な話。

 そしてもう一つは、聞けば無償で答えてもらえると思うなという忠告。


「ふーん、なるほどね」


 ササリスが俺の前へと躍り出た。


「ついてきなよ。いい場所教えてあげる、師匠から話を聞く交換にね」


 本当に、金に関することへの頭の回転が速いよな。

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