第13話 停戦×約束×ホラー
ササリスから逃げる俺に、血を媒介にした糸の魔法が襲い掛かる!
「あぶねえ!」
「この、避けるな!」
避けるに決まってんだろ。
お前のその糸、鉄製のフェンスすら豆腐みたいに抵抗なく切り裂いてたじゃねえか。
そんな糸食らったらひとたまりもねえだろうが。
(うーん、俺としては一回落ち着いて話し合いたいんだが、これだけ興奮してると難しいか)
仕方ない。
相手が疲れ果てるまで逃げ回って、相手が落ち着くのを待つか。
(ん? 何か忘れているような)
なんだったっけ。
すごく大事なことだったような、どうでもいいことだったような。
あ! そうだ!
「おいお前! 母親にパンを届けるんじゃなかったのかよッ!」
そうじゃん!
そもそもの話、悪童にパンを奪われそうになってたササリスを見かけたから声かけたんじゃん。
こんなところで遊んでないでさっさとおつかいすませろよ!
「あ」
あ、じゃないだろ。
さては忘れてたな?
「あああああ! 潰れてる! あたしのパンが!」
背後から追いかけてくる気配が立ち止まった。
代わりに、悲鳴にも見た絶叫が俺を通り越していく。
「師匠、弁償」
「俺なんかしたか?」
「師匠が逃げなかったらこんなことにはならなかった。だから師匠のせい」
「暴論がひどい」
「あ? なんか言った?」
そういえば、こいつ金にうるさいんだった。
「はあ、仕方ない。見せてみろ」
「これはあたしのパンだ!」
「寄越せって言ってるわけじゃねえよ」
「本当だろうね」
「もし盗んだら好きなだけパンを奢ってやるよ」
疑わし気な瞳を向けながら、しぶしぶパンを差し出すササリス。その手に握られたのは、カビこそ生えていないが(恐らく彼女の握力で)潰れたコッペパンのようなパンだった。
ふんふん。
まあこれくらいならあれとあれでいいかな。
「【復元】、それから【新品】」
右手と左手、それぞれ二文字の漢字を綴り、潰れたコッペパンもどきを対象として発動する。
「は? 師匠、これはいったいどんな手品だい?」
「手品じゃなくて魔法な」
「魔法?」
「フェンスを切るときに血を鞭のように操っただろ? あれと同じ、奇跡みたいな力だよ」
ササリスがパッと目を輝かせた。
「それ! あたしも師匠の魔法が使いたい!」
「無理」
文字魔法は固有魔法だ。
多分、親父の血統だけに伝わる特殊な魔法。
これは先天的な能力なので、努力でどうにかできる代物ではない。
ちょうど俺が彼女の糸魔法を使えないように。
「師匠のドケチ!」
「どっちが」
拝金主義のキャラにケチって言われてしまった。
まことに遺憾である。
「まあその辺の説明もおいおいしてやるから、今日は母親にパンを届けてこい」
「本当だろうね? 嘘だったらいくら支払ってくれるんだい」
「はよいけ」
「いだだだだ! 折れる! あたしの腕折れる!」
卍固め。相手は悲鳴を上げる。
ササリスと話しながら思い出したんだが、よくよく考えれば俺も母さまに無断で家を出てきたんだった。
母さまがかえって来る前に家に帰らないといけないのに、鬼ごっこなんてしてるせいで時間くっちまった。
心配させる前に帰らないと。
「わかった、わかったから!」
ササリスが降参して「ちっとは手加減しなよ」と悪態をついた。それからビシッと人差し指を俺に向けた。
「ただし、絶対に詳しく教えてもらうから」
「はいはい」
「逃げたら地獄の底まで追い回すから」
「わかったからはよいけ」
念に念を入れて、ササリスが離れていった。
絶対にこっちを信じていない目だったな。
「あ、そうだ」
離れかけていたササリスが引き返してきた。
「あたしはササリス。師匠は?」
ああ、そういえば名乗ってなかったか。
俺はササリスの名前を知ってたから忘れてた。
危ない危ない。
これ名乗らないままだったら未来でシロウと出会ったときに話がこじれるところだったぞ。
ちゃんと別人だってわかるように名乗っておかないと。
「クロウ」
「クロウね。師匠の名前、覚えたから」
「そりゃどうも」
「じゃ、今度こそあたしは行くよ。パンはありがとね」
よし、帰るか。
母さまに怪しまれるといけないからな!
◇ ◇ ◇
で、翌日。
「師匠、約束通り来たよ」
俺の家の前の路地に、ササリスがいた。
なんで?
「師匠、ここにいるのはわかってんだよ。観念して出てきな!」
まじでなんでだよ!
昨日は別々の方向に帰っただろ。
俺を尾行してるやつもいなかった。
それなのにどうしてこっちの居場所が割れてんだよ。
クソガキ三人衆を相手に尋問でもしたのか?
ハッ⁉
ちょっと待てよ⁉
(これってまさか)
俺は急いで文字魔法を発動した。
(【感知】ッ!)
魔法が発動すると、知覚が外へと広がる感覚がやってきた。
五感のどれでもない、研ぎ澄まされた超感覚は、俺へと伸びる細い糸を浮かび上がらせている。
(やっぱり! あいつ、昨日別れる前にこっそり俺に糸を巻きつけてやがったんだ!)
いったいいつのまに!?
いや、そうか!
『ただし、絶対に詳しく教えてもらうから』
だとか
『逃げたら地獄の底まで追い回すから』
だとか言ってた時だな!?
あのとき俺を指さしていたのは、限りなく細くした糸を俺に向けて飛ばすためか!
疑り深い目をこっちに向けていたのは俺の言葉の真意を問うためではなく、ササリスの放った糸に俺が気づいたかどうかを確認するためだったんだ!
(くそっ、やられた!)
いまからでも糸を文字魔法で切るか、いやダメだ。そんなことをすれば俺がここにいるって答えてるようなものだ。
「師匠、いま扉の前にいるんだ。開けてくれない?」
お前はメリーさんかってんだよッ!
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