第12話 新説×欠点×死亡フラグ

 ありえない。


 彼女が血液を細い糸のようにして操る光景を目の前にしてそう思った。


(おかしいだろ。魔力の導線は骨。これ鉄則。なんで血液を魔力で操ってんだよ)


 母さまも言っていた。

 魔力は胸の右側(心臓が右にある人は左側)にある魔核から始まり骨を伝って移動させる。

 その移動経路こそが魔力回路。


 魔力を血液に乗せて体に循環させる挑戦は生後数日の段階で試した。

 でも、できなかった。


 だからありえないんだ。

 血液に魔力を流すなんて、できっこない。


 ことも、無いのかもしれない。


(いや、よくよく考えてみれば、生後数日のころ、俺の魔力はルーン魔法数発で枯渇する程度しか無い微々たるものだった。だから、魔力の血中濃度そのものが極端に低かったのか?)


 例えばプールに一つまみの砂糖を混入させたからといって、砂糖の混合液だと気付ける人がどれだけいるだろうか。

 同じ理由で、血液中に存在する魔力の絶対量そのものが少なかったせいで気付けなかった可能性ってのはありえる。


(確か前世では、血液は骨髄、骨の中心で生成されるってのが一般的な理論だったはずだ)


 腸だったかなんだったかの臓器で造ってるという対抗馬もあるはずだけど、少なくとも俺が生きていた現代日本では骨髄で血は造られるってのが通説だった。


(こんな仮説はどうだろう。魔核で生成された魔力が骨へ溢れ出し、骨へと蓄積された。骨に溜まった魔力は造血の際に血液細胞と一緒に血液へとにじみ、魔力を含有する血液ができた)


 もう、ありえないと断定できない。


 そしてこの仮説は、新たなる仮説を構築する。


(もしかして! 魔力量が増えた今なら俺にもできるのか!? 血液に魔力を流すことが!)


 骨を魔力の導線として扱う場合に、常々思っていたことがある。

 それは、魔核から指先へ魔力を移動させるのに、どうしてもラグが生じる事へのもどかしさだ。


(骨の魔力伝達率は高いけど、流動性が高すぎて長時間とどめておけない。魔力は安定を求めて魔核へと引っ込んでしまう。だから魔法を発動するたびに魔核から魔力を運ばないとダメだった)


 その欠点に気付き、俺はこれまで魔力の指先貯蓄を試みていたが成果は振るっていなかった。


(だけど、血液に魔力を蓄えておけるなら、この運搬時間を限りなくゼロに抑えられる!)


 乳児のころ、俺は血中に魔力を見つけられなかった。

 だけど度重なる訓練の末、手にしたこの膨大な魔力量があればできるはずだ。


(ある! 俺の血流にも、魔力がきちんと乗ってる!)


 ※ここまでササリスがフェンスを切り裂いてから1秒未満の思考。


「す、すごい! もしかしてあたしにこれを教えるためにわざと悪ぶってたのかい!?」


 思考の海から意識を引き上げてみれば、両目を輝かせた少女が俺を見つめている。


(おいこら目を輝かせるな! ダメだっつうの! 俺は師匠なんてやらないの! 勝手に慕うな!)


 口を尖らせて、短く

「違う」

 と返した。


「照れなくったっていいじゃん。案外かわいいところあるんだね」


 フェンスを切り裂いたササリスの歩みを阻む障害は何もない。


 俺の取るべき行動は決定した。


「照れてねえよ!」

「あ! 逃げないでいいじゃん! 師匠!」

「師匠じゃねえ!」


 俺は逃げ出した。

 これ以上関わってると本気で知り合いキャラになってしまう。

 するとどうだろう。

 俺がいないところでこんなシーンが生まれてしまうわけだ。


  ◇  ◇  ◇


 その日シロウは、彼と同じ姿をしたルーン魔法の使い手によって負わされた傷を癒すべく、一人の闇医者を訪ねて裏カジノにやってきていた。


「へえ、あたしを見つけるなんてたいしたもんだね」

「あの! 俺は!」

「いいよ、あんたが何者かなんて。金さえ払えるなら誰だろうとあたしの患者さ」


 薄暗い部屋の奥から、一人の女が、闇からゆらりとやってくる。

 紫の髪を後ろで束ねた、ツリ目で気の強そうな女性が、シロウの姿を見て目を見開く。


「さ、傷口を見せて……クロウ……?」

「黒? もしかして、知り合いなんですか!? 俺とそっくりの姿をしたやつの正体に!」


 紫髪の女性はまじまじとシロウを頭のてっぺんから足の指先まで見つめて、「なるほどね」と頷く。


「教えてやってもいいけど、知れば後には戻れないよ?」


 妖艶な笑みを浮かべる女性に、シロウは前のめりに答えた。


「教えてください! あいつは、いったい何者なんですか!?」


  ◇  ◇  ◇


 ん? アリなのでは?


(そ、そうか! どうして気づかなかった! 理想のダークヒーロー目指しているのに俺には、致命的な欠点がある!)


 原作【ルーンファンタジーⅣ】をプレイした時にも思ったことなのに、どうして忘れていたんだ。


(俺のいないところで俺のバックストーリーを開示してくれる人間がいねえ……!)


 そうなるとプレイヤーはこう思うわけだ。


・このクロウとか言うやつ、何かにつけて追い回してくるけどなんなん?

・シロウくんのこと大好きで草

・設定はいいけど行動原理がわからないから印象薄かったな

・結局あいつなんだったの?


 まずいですよ!


 このままだと俺は戦闘中勝手に「お前、泥を食ったことがあるか?」みたいな身の上話を語り出さなきゃいけなくなる。そのまま回想シーンが挟まれることになる。

 それだけはダメだ。


 そんなシーンが始まった瞬間にプレイヤーは

・回想は死亡フラグ

・あ、こいつ死んだな

・クロウくんも頑張ったけどここまでか

 と悟ってしまう。


 そんなみっともない真似できるか。


 ではどうするかと言えば、俺が登場していないときに俺の過去へ迫るシーンを途中ではさむのだ。

 第三者の力を借りて事前に背景をプレイヤーに開示するのだ。

 そうすることでクライマックスの時点ではクロウくんの動機が判明し、回想という死亡フラグを立てる必要もなく、テンポよくラストシーンまで勢いよく駆け抜けられる。

 そんな脚本が、俺の目指すダークヒーローだ。


(よし、決めた)


 知り合いなんていらないと思っていたけど、間違いだった。

 俺が理想のダークヒーローへと至るために、俺の過去を知る人間は必要だ。


 彼女には、その役目を担ってもらおう。


(ササリスとはビジネスライクな関係を築こう。その方が上質な悪役になれる気がする!)


※なおササリスはビジネスライクな関係では満足しない模様

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